一般人の目には見えない医療崩壊

まあ、医療事故調についての論議が打ち切られて 法制化されるようなのだが・・・・

結局のところ 萎縮医療がこれで改善するのか つまり現場がこれみてどう考えるか・・・が問題なのだろう。

ハイリスク系の医師達の数の減少・・・たしかにこれは目に見える。でも目に見えない萎縮もあるのではないだろうか。

最近 やたらに学会で「患者の希望で手術しませんでした」とか「患者の希望で化学療法はやりませんでした」という話が増えてきたように思う。

 これは、一見 患者の権利尊重にみえるが、実際は医師の説明次第な部分もあると思う。 厳しい手術や化学療法をやらないことで、厳しい労働や事故のリスクから解放されるのは実は医師の方なのだ。もちろん悪意があってそれを選ばせない医師はいないだろう。でも、心のどこかで萎縮があれば説明も変わってくる。

しかし・・・しかしだ、 頑張って厳しい手術をしたところで、それが外科医の自己満足に過ぎない・・・という話もある。 だから積極的医療が必ずしもよいことではないともいえる。

このあたりで自分がなにいってんだか わからなくなってくるのだが・・・

とにかく、虚心坦懐にデータを示して患者さんには説明したい。萎縮も無謀もいけない。
しかるに、この医療事故調案で 萎縮の気持ちはなくなるだろうか・・・

答えはNoだろう。どんなに論議しても、現場がNoならNoなのだ。そしてその萎縮は一般人の目には見えないだろう。

残念なことだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

はなはだ よろしくない岐阜新聞 産経新聞の記事

先日の岐阜新聞の一面中央にに 予期せぬ患者死亡事例 全病院届け出義務 厚労省 法改正へ・・・と いう記事が掲載されていた。医療事故調査制度の話であるが・・・その件はともかく、最後に目を疑う記載があった。

「厚労省は2008年に「医療事故調査委員会」創設に向けた法案大綱案を公表したが、悪質な事例は警察に通報するとしたことが医療界のつよい反発を招き頓挫した」

おひ!!!!!!! いったいどこの医療団体がそんなことをいったかよ!!!!

故意の事例 あるいは 隠蔽 改竄についての警察通報について異論を唱えた医療団体があったかよ???

厚労省のお役人が このような内容で記者に話したか、あるいは記者の理解がこうであったか・・・岐阜新聞は地方紙で、全国ニュースは共同通信から配信をうけている場合も多いが・・・産経新聞にも同様な記載があった

「悪質な事例は警察に通報するとしたことが医療界のつよい反発を招き」

といえば、事故調査委員会の基本たるWHO提言についての理解が足りなかったと思われる立案者たるお役人は自分は悪くなかったことになる。医師悪者像を増幅し、記事としては売れる。お役人とマスコミの利害は一致しているようにみえる。しかし、このように患者と医療の対立をあおる事が医療崩壊の一因となったとおもわれるのではなはだよろしくない。

いったい どうなってんだ????

いろいろと勘ぐってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

僻地救急外科

東海3県の地域医療研究会があるというので行ってみた。

高校生や医学生の内から合宿をするなど、地域医療に興味をもっていただくための試みが紹介されていたが、気になるデータがあった

合宿前後では たしかに平均でみれば地域医療に興味をもつ方はふえていたのだが、逆に興味を失ったと答えるものが存在し、その割合は高校生よりも医学生に多かったのだ。

そこで発表者に これらの医学生に共通した特徴はあったか聞いてみた。
そのデータはもっておいでではないとのことであったので、追加の研究を依頼した。

実は 発表を聞いていて なんとなく思い当たる所があった。
前回 学生たちに話した内容に関連がある
http://bassisha.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-e286.html

地域医療 特に僻地になると、老人人口の割合は多い
であるから、地域医療が上手くいっているかの評価ポイントで、在宅での看取りがどれだけ増えたか というファクターがしばしば用いられている。
参加した研究会でもそうであった。勿論 大事な事である。

しかし、そのような地域であればこそ、若い方々はなけなしの存在であり、いや、そうでなくても、危機的救急疾患や事故に対して これらの方々を少ない医療資源の中、センスと技術と他院との連携をもって救命し、社会復帰させることはあたりまえに重要なのだ。
 救命医を積んでくるドクターヘリは夜間や視界不良時飛ばないし、救命士は臨床的心停止まで輸液も薬剤投与も気管挿管もできない。外傷では臨床的心停止までいたってしまえばまず社会復帰は無理だからそれまでになんとかしなければいけないし、他の疾患でも心臓が止まってからの蘇生ではあたりまえに社会復帰の可能性は減る。
 だから僻地赴任の医師達は少ない医療資源の中、センスと技術と他院との連携をもって救命し、社会復帰させることにも精通しなければならない。だからそれにも取り組んでいる存在なのだ。 

 あまりにあたりまえすぎて、この事が地域医療を語るなかであまり触れられないのではないだろうか。しかし、医学生の中には ブラックジャック志向やドクターコトー志向の人はいると思われるので、そこで在宅看取りを評価ポイントとする地域医療合宿をすると かえってモチベーションが下がってしまう部分もあるのではないかともおもえる。

 一番 近いもので救急科だが 救急医学会をみていると たしかに時間的な余裕がない系だが、そこに医療資源をつぎ込んで 助かりそうもない人が助かりましたという話を 都市部の救命センター達が発表しあっている感がある

 外科学会にいくと、同じように豊富な医療資源をもって 取れそうもない癌が取れました・・・あるいはこの術式で生存率が上がりました・・・あるいは豊富な症例数をベースにした抗癌剤の検証を行っているように見える。

 そして、地域医療学会にいくと、在宅医療の成果として在宅看取りを評価ポイントの一つにする世界がある。

 そうなると、ブラックジャックやドクターコトーの世界のような 僻地救急外科をかたる受け皿というものがないような気がしてくる。どこで話しても 特殊世界の話なのだ。

 いっそのこと 僻地救急・外科研究会 などというものでも立ちあげようかという気もしてくる。

 そんなことを考えていたら、こんどは私が質問した相手から自分の地域で研究会をするので50分程講演してもらえないだろうかというmailがきた

そこで、学生むけに話した
http://bassisha.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-e286.html...
の外科医に そのまま僻地赴任医師にさしかえて話してみた。

それでも当然成り立つ話であった。

参考にして救急システムを変えてみた。それとは別に皆なにやら元気になったとの お礼のmailが来た。
その地域で救える人が増える事を祈っているし、僻地地域医療に携わる方々がさらに誇りを持って働けるような世界が来る事を祈っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学生向けプレゼン

外科の入局者を増やすためには
学生の内から興味をもっていただかないと・・・・

と、いう話になった。関連施設の様子など話すとよいのでは・・・とのこと。

当医局では はじめての試みだが、学生向けセミナーを開催する事になった。 会議には参加していて、それはよいと賛成した。

しかし、なぜかトップバッターは私であった 40分くらい話せという。

くたくたと 当院の取り組みと生活の様子などこしらえたが・・・
想像以上に気疲れした。 やっと完成したが・・・いったいなにが学生に享けるのかわからない。

書いている内に おもしろい発見もあった。

僻地地域での外科医のモチベーションは 限られた医療資源の中で技術とセンスをもって重症患者を最終的に救命してみせることから発生する。

・・・どうも、心の中に住んでいるのは「ブラック・ジャック」らしい。

 ブラック・ジャックのマントの中には清潔を度外視した諸般の道具が入っている・・・これが 限られた医療資源に相当するものだ。
 彼は、必ずしも自己完結では治療しない。しばしば大施設までの応急処置で患者を救命する。これは僻地地域の実情ににている。

学生にわかるか不安だが、とにかく話してみた。

結果 当科を研修先 に選んだ学生は倍増したとのこと。
結構 ブラックジャック や ドクターコトーを志向する人はいるのかもしれない。
ただ、もともと少ない人数ではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山本病院事件は業務上過失致死ではない。傷害致死だ!!

 山本病院の事件を手術結果に対する業務上過失致死 という方向で警察は立件しようといている。それは妙だ。

 警察は血管腫と癌との鑑別は困難だから 意図的に血管腫を癌と偽って手術したということは立件困難であると思っているらしいが、消化器外科をやっているものなら、鑑別困難ではないことくらい解る。またまた、逆の方向で、警察は臨床医の言う事に耳を傾けていないのではないかとおもう。

 肝臓において 血管腫と癌腫の鑑別は CTでも超音波でも容易だし、血管造影などなされれば、その定義からしても血管腫は完全にわかってしまう。血管造影所見まであって血管腫を癌腫といいはるのは故意でないとありえない。

 しかるに、この例はTAEということをやっている。これは肝の動脈を塞栓して、主として動脈から栄養をうけている癌にダメージをあたえるという方法なのだが、そのためには、絶対に血管造影しないと、ソケイ部から入れたカテーテルの先が肝動脈に はいっていることすらわからない。したがって血管造影は確実にやっている。まちがいなく血管腫と診断できている筈だ。

 よって、この段階でも血管腫を癌腫といいはるのは故意でないとありえない。 まちがいなく多くの証人が検察側に立ち 弁護側にはだれもたたないだろう。

故意であることを立証するのは 下記URLのように塚本容疑者の供述でもいけるかもしれない。彼は 体を張ってでも手術を止めるべきであったが、丁度上司にいわれて捕虜を殺した戦犯のようなもの、胸中を思うと複雑だが、すべてを話して山本容疑者の罪を暴いてほしい。それが彼にできるせめてもの死者に対する償いだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100208-00000012-san-soci

ちなみに、上記報道でも外勤していた放射線科医が血管腫と診断している。あたりまえだ・・・


血管腫を癌と偽って手術するのは故意犯だ。

それを 方便で安易に業務上過失致死などで手術の現場にふみこんでもらいたくない。

ちまたで広まりだした話・・・たとえば、 看護師が制止したことだって助言は助言として聞いて、説明して手術することはある。それは医師が新たな知見を持っている場合だ。

輸血の準備をするよう進言されたことだって輸血なしで、肝臓切除することはある。この医療費抑制のご時世、輸血の返品がきかないから、必要なしと思えばオーダーしない。 ・・・庇のようなところであれば腸カンシでも出血は制御できるからだ。 さらに、術後に一杯やるということも、非番であればありえる。

このように、手術における業務上過失致死というのを強行すると、不本意ながら容疑者の側にたった事をいわなくてはならなくなってくる。

 だから、私たちがついているから、警察検察には一生懸命下らないリークをしてダーティイメージをつくるのではなくて、正々堂々と傷害致死ですすんでいただきたいものだ。

----追記----

「山本容疑者は杜撰な手術に対する業務上過失致死よりも 血管腫を癌腫と偽って手術したことに対する傷害致死罪で告発せよ」
と 言った場合
手術現場の医師 と 法律に詳しい方 との着眼点が違っていて 手術現場の医師は診断段階と手術段階での結果回避可能性に目が行くのに対して、法律に詳しい方は 傷害致死と業務上過失致死との運用方法に目が行って 論議がすれ違う事がわかったので、下記に整理してみた。
--------------
 山本病院事件に関して警察が手術の準備と杜撰さに対する業務上過失致死という理由で逮捕したことと、それに派生する諸般の報道について 気になるところがある。
 私はこの虚偽診断の故意性の証明は この腫瘍がFNHなどではなくて 血管造影検査すれば鑑別は容易である血管腫であったことと、TAEまでやっていて血管造影検査していることは自明であることから、もしも本人が故意性を否認しても 周囲の証言から傷害致死罪で立証可能であると考えている。
 しかし、たとえば
 「USでhyperechoicで、造影CTでも血管造影でも求心性濃染でした。これまで私はこの所見を「肝細胞癌の典型像」だと記憶していましたが、しかし医学書を読み直し不勉強を悟りました。」
と山本容疑者が証言をして、その本人の証言を覆す周囲の十分な証言が得られないとしたばあい、それは確かに傷害致死罪の立証は困難になるだろう。この点を多くの法律家は指摘するが、

それならば あくまで この件で、

「手術にいたるまで、周囲の意見 専門医の意見 そしてみずから医学書を確認するなどの注意義務を怠った・・・」

という形での手術に至るまでに慎重であるべき診断段階での業務上過失致死罪を考えるべきである。

 報道された逮捕理由をみると、上記理由で傷害致死での立件が困難である可能性も考えて 手術の杜撰さからの業務上過失致死罪でなら立件容易と考えて逮捕したのではないかと思われるが、
たとえば
「手術時の手技ミスで血管を傷つけたが、それに気づかず放置して出血死させた」
 ということでも、それは日常注意していても 残念ながら絶対にありえないことではないので、それで業務上過失致死を振りかざして手術場に警察にのりこまれてはだれも手術しなくなる。
 準備不足についても、どんな手術においても手術室は病魔と戦う戦場であり、時間は限られ地雷もあるわけであるから、その全ての事態に完全に対応する準備をすることは、現実問題不可能であり、いかなる手術においても理論的には何らかの面での準備不足を指摘できてしまう。それで結果が悪くて業務上過失致死を振りかざして手術場に警察にのりこまれてはだれも手術しなくなる。
 さらに術中の操作についても、その時間が限られる戦場における時々の医師の裁量を認めないと かえって危険な場面も多々ある。
  一方専門外なのに手術した云々でも、専門医資格をもっていなくても名手はいるし、逆に資格もっていても・・・どうかな・・・という腕前の持ち主も残念ながらおられる。基準はむずかしい。

 山本病院の事件については、さまざまな報道で、手術の状況が異様であるらしいとは思うが、それでも「手術に対する業務上過失致死」 というものの運用は 極めて慎重であるべきであり これを振りかざされては手術現場が委縮して困難手術が敬遠され国民にとっての不利益になる可能性がある一方、立件側としても各々の面について弁護側に反証され反例をもちだされると、公判が検察側にとってきびしくなり、またこの件では我々外科医が絶対さけたいところの 検察 対 外科医の対立の構図になってしまう可能性すら否定できない。

 一方 血管造影までした血管腫の癌との鑑別の確実性については
 たとえば、日本住血吸虫の卵が門脈枝に多数あってリピオドールが出て行かなかった例で 肝血管腫を肝細胞癌と鑑別できなかった例は一例みつけたが、
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001313739
これは、その鑑別できなかった事が珍しいからこそ論文になっているわけであり、山本病院事件での画像が残っているのならこういった例に該当しない事は明らかであると考える。肝臓の良性腫瘍の中にはFNHとよばれる癌腫と鑑別困難なものも含まれるが、こと血管造影まで施行した血管腫については鑑別は容易である。

従って くりかえすが、あくまで
「血管造影所見まである血管腫 と 癌腫との鑑別」
の故意性を求めて傷害致死罪での立件を目指すべきであり、
それが不利である場合に あくまでもこの診断の件で 

「手術に至るまでの時間に他の医師や専門医や医学書による確認を怠ったという注意義務違反」

を問う形での業務上過失致死罪に切り替えるのがよいのではないかと・・・法律は専門外ながら考える。
これも繰り返すが、その件であれば、多くの医師が検察側の証人に立つのではないかと思われる。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

防災ヘリ 若鮎2 の墜落

なんということだ。若鮎2号・・・このヘリには当院から高次病院に何人も搬送していただいて、何人も助けていただいた。

言葉もない。

・・・・・なんということだ・・・

夕闇迫る中
あるいは雲の谷間を縫って
命を救うために飛んできてくれた・・・
この士気の高い隊員達によって 当地の患者達は何人も救われてきたのだ

隊員達の冥福を祈りたい・・・・


・・・なんということだ・・・・・・・・

悲しい・・・・悲しい・・・・

| | コメント (6) | トラックバック (0)

全国医師連盟

・・・実名発起人の一人であるが
第一回目の集会は 当直がはいっていていけなかった。

今年は外勤の当直が増えたのでいけるようになった。

どれ、どんな風かみてくるか・・・

-------------------
<全国医師連盟 第二回集会>
~つくろう!医療新時代~

全国医師連盟は、2009年6月7日日曜日に、13時から秋葉原コンベンションホールにおいて第二回集会を行う予定にしています。

とき: 2009年6月7日(日) 13:00~17:30
ところ: 秋葉原コンベンションホール  
東京都千代田区外神田1-18-13(JR秋葉原駅 電気街口を出てすぐ)
参加費: 3000円  18時より懇親会(6000円)を行います。

午後 全医連集会
   1、昨年度の活動報告
   2、上昌広 東大医科研准教授による医療報告
   3、全国医師ユニオン設立報告
   4、勝谷誠彦氏 記念講演
     「日本の医療を斬る ~全医連に期待するもの~」
   5、勝谷氏と集会参加者のトークセッション

申し込みフォームは以下です。
http://www.doctor2007.com/soukai2.html

医師も、医療従事者ではない一般の方も、あわせて参加する集会になります。

 全国医師連盟は2008年6月に設立された医師の団体です。また、本年度は、医師の職域ユニオンである全国医師ユニオンを立ち上げました。
 ただ医療問題は、医師のみで解決できるほど単純ではありません。
今回、勝谷誠彦氏を迎え、政治や行政、一般の国民、皆が共同して問題を解決する場面で、全医連はどう関わることが望ましいのか、会場の皆さんとも意見交換し、考えたいと思います。
 また、全国医師ユニオン設立についての報告も行います。
 医師以外の方も皆様お誘い合わせの上、ぜひ奮ってご参加ください。

 集会のあとは、懇親会の用意もしています。会員の人同士が会える機会でもありますが、会員ではない人と議論したりあって話をすることのできる大切な機会でもあります。

 なにとぞ宜しくお願いします。

ーーーーーーーーーーーーー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ネットで暴走する医師たち」にみる矛盾

以下の文を書いてみた。
長くなってしまったが、私はマスコミが、その特徴によって 無罪となった医師の名誉を毀損しつづけることに我慢ができないのだ。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>.

「ネットで暴走する医師たち」にみる矛盾
---------何故 医師達はネットで熱く語らなければならなくなるのか--------

 はじめに
「ネットで暴走する医師たち」(以下本書)という本を購入してみた。著者の鳥集氏は医師ではないが、それなりに一生懸命勉強されているのだとは感じる。しかし、悲しいかな、この本の中には都合の悪い事は書かない(書くスペースがない?)あるいは言わない(言う時間がない?)というマスコミ特有の欠点が図らずも明らかになってしまっている部分があり、かえってネットで医師が熱く語らなければならない理由が浮き彫りになってしまっている。
 個人への誹謗中傷など、別にネットでなくても、そして医師でなくてもしてはならないことであり、それに関しては論を待たないところだ。問題は、医師たちのネット上でのアクティビティの高さの背景に怒りがあることであり、その部分の考察がないかぎりは、真の解決にはならない。本書の目的が医師達に自省を促すものであるというのなら、本書そのものが恣意的な引用あるいは省略によって明らかに事実と違った部分で医師の名誉を傷つけており、そして、出版される事で反論の機会を奪われているという現実から、やはりネット上で意見を表明しなければならないことを指摘するとともに、著者自らの事実誤認を産科の集約化論にすり替える事でカモフラージュしている可能性を指摘したい。著者は謝罪するべき所は謝罪するべきと考える。

 目的 
大野病院事件(以下本件)の本書を例に、「ネットで暴走する医師たち」に 恣意的な引用あるいは省略により医師の名誉を反論不能な出版という形で世に広めていると疑われる部分があり、この事が ネット上の医師達の怒りを増大させ、患者と医師との距離をますます広めている可能性を指摘する

 方法 下記資料をもとに本書で恣意的な引用あるいは省略によって加藤医師の名誉が意図的に傷つけられている可能性が高い事を指摘する

 資料1から5について

 資料1としては、まず「ネットで暴走する医師たち」WAVE出版 そのものである。2009年1月1日発行とされているが、文中の著者のあとがきの日付は2008年11月10日とあり、少なくともこの時点では修正が可能であった事を伺い知る事ができる。

 資料2としては大野病院事件(以下本件)で確定した判決の全文である。
これは医療判例解説 第16号(2008年10月号)に記載されており、著者は本書を脱稿するまえにこれを読むことができた。本書の内容からは、出版する以上は当然目をとおすべき性格のものであろう。
この全文の写しは
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/10/post-5158.html
に掲載されており読む事が出来る。

資料3
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-12.pdf
資料4
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-13.pdf
資料5
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-17.pdf

資料3から5は裁判判決前に著者が論座に書かれた文である。
資料3が2006年7月発行
資料4が2006年8月発行
資料5が2008年9月発行であるが、文中では判決前に書かれているものである事がわかる。

検討
----不都合な真実を隠蔽しているのはどちらであろうか----

1. 本件における癒着胎盤の頻度について
資料1 の本書の119ページによれば、分母を全分娩にすると数千分の一という癒着胎盤は前置胎盤を分母にすると5%程度の頻度となり、さらに帝王切開を一回施行している例では24%に達するという記載がみられている。
 これは正しい、判決文冒頭の事実認定で、被告人がW県立医大で学んだ内容として「前回帝王切開創に胎盤がかかっている場合の癒着胎盤の発症確率は24%」と記載されている。 

 しかし、著者の記載はここまでである。つづく判決文の「患者が35歳未満で、後壁付着である場合の癒着胎盤の発症確率は3.4%であると学んでおり、本件手術の際にもそのような認識であった。」については記載がない。

 著者は、この著作執筆時点では後壁付着における癒着頻度の低下についての認識がなかったのであろうか・・・? いや、そんなことはない。資料3をご覧いただきたい。この115ページから116ページにかけて氏の素人離れした勉強ぶりがうかがえる記載がみられる。ここには後壁付着の場合は前壁付着よりも癒着頻度が下がるであろうという内容が書かれている。何故、氏は帝王切開既往前置胎盤全体での頻度24%のみを記載し、この後壁付着である場合の癒着胎盤の発症確率3.4%を本書に記載しなかったのであろうか?

2. 前壁癒着か後壁癒着かについては結論がでていない???

いずれにしても氏は、胎盤の癒着範囲と程度とが重要な争点である事は認めている。本書121ページには検察側 弁護側 双方の主張が併記されている・・・ところがこれについては判決文において結論が出ているのにそれについては言及されていないのだ。本書のあとがきを書いた11月20日にはその判決文を読む事ができたにもかかわらずだ。

資料2を見ていただきたい。

「5 結論
(1)本件胎盤は、子宮に胎盤か残っている場所 (本件患者から見て後壁右側)を含む子宮後壁を中心に、内子宮口を覆い、子宮前壁に達していた。後壁は相当程度の広さで癒着していたが、前回帝王切開創部分を含め、前壁に癒着があったことを認めるには合理的な疑いがある。

(中略・・・標本における具体的な胎盤の存在部位)

(2)癒着の程度は、嵌入胎盤であり、胎盤が残留し、かつ、最も癒着深度が深い子宮標本の断面を利用して計測した結果、絨毛の深さと子宮筋層全体の幅が約1対5程度であることが認められる。」

これは、弁護側の主張を認めた結論である。合理的な疑いがあるというのは、なかなか判決文に慣れていないものには解りがたい表現であるが、その後に書かれている(2)被告人の本件手術開始後の予見、認識の項で、「前述のとおり、子宮前壁に癒着胎盤の存在は確認されていない。」と記載されている。つまりはそういうことである。

  何故、氏は 検察側と弁護側の主張をならびたてただけで、この一番重要な「判決において認定された事実」を記載しなかったのであろうか?
  
 氏は 同じページで、「いずれにしても加藤医師を支援するグループは声明時点で癒着範囲や程度について知る人はいなかったはずだ」と述べている。それは、そうだろう。しかし、氏は、無理からぬこととは思うが、重大な事を見落としているのだ。つまり超音波検査のプローべを持つ者ならだれでも解る事、すなわち「癒着しているかどうかは、そりゃわからんだろうが、胎盤の付着位置くらいはわかるわな・・・」ということなのだ。そもそもが、胎盤の付着位置が解らないのであれば前置胎盤という診断そのものが成り立たないではないか。
   
3. 本書によって 読者が加藤医師について持つであろうイメージと 判決の事実認定との差異について

このように、本書では、すでに判決全文が入手できる時期でありながら、帝王切開既往前置胎盤での全体の癒着可能性24%のみ記載し、胎盤癒着範囲と程度について検察側と弁護側の両論を併記しただけで、記載を終わっている。

これによって、読者は加藤医師についてどのようなイメージを持つであろうか

「1/4もの癒着可能性を知りながら、先輩医師や助産師の助言を無視して輸血準備のない所で手術を強行した馬鹿医者」

と、いうことになるのではないだろうか?

しかし、確定した判決文で 認定された事実は違う。加藤医師に術前での胎盤癒着可能性の認識はこうだ
「 イ 以上の事実経過に照らすと、被告人は、検察官調書で述べるとおり、本件手術直前には、本件患者から見た場合に、胎盤は左側部分にあり、前回帝王切開創の左側部分に胎盤の端がかかっているか否か微妙な位置にあると想定し、本件患者が帝王切開手術既往の全前置胎盤患者であることを踏まえて、前壁にある前回帝王切開創への癒着胎盤の可能性を排除せずに手術に臨んでいたが、癒着の可能性は低く5%に近い数値であるとの認識を持っていたことが認められる。」

検察主張ですら、5%であり、これは前述の前置胎盤全体を分母としての癒着胎盤発生率と等しい。そして、さらに開腹後再度子宮に直接超音波プローべをあてて診断して、帝王切開し、事実 前述のように前壁には癒着組織はなかった。すなわち帝王切開創は前壁にあるのであるから、帝王切開創への癒着はなかったのである。
   
どうして、氏は検察主張よりもさらに高い数値である24%の危険率がある認識していたというイメージを読者にあたえるような記載をしてしまったのであろうか。

 ここからは推察でしかないが、資料4.5をみると、どうも氏は医療側がなにか事実を隠蔽しているという記載をしたがっているようにみえる。かつてのステレオタイプの医療報道そのものともいえる。そして助産師や先輩医師の言を明らかになった真実などという主張をしている。どうもここに無理があるように感じる。

 真に明らかになった真実とは、加藤医師が一般的な帝王切開既往前置胎盤の癒着メカニズムからこの症例が外れる事を診断して、事実そのとおりであったこと。そしてそれでも傷痕への癒着可能性を少ないながらも警戒し慎重に事を運んでいたことなのだ。よって先輩医師は納得し、助産師の言は否定可能だったのだ。胎盤剥離操作のみに裁判の焦点があたったという主張をみるが、資料2の第6をみれば、被告人の大量出血に対する予見可能性について十分に検討されている。その上での無罪なのだ。

 著者にとって 不都合な真実とは この判決文全文そのもの、そしてそこに認定された真実なのではないだろうか。

 引っ込みがつかなくなって 恣意的な引用と省略をしてなお、「1/4もの癒着可能性を知りながら、先輩医師や助産師の助言を無視して輸血準備のない所で手術を強行した馬鹿医者」というイメージを反論不能な出版という形で読者にあたえつづけるというのなら、氏は自分のためだけに産科崩壊に手を貸していると批判されてもしかたがないのではないか。 ネット上の個人への誹謗中傷を批判するという隠れ蓑を着て、かつての自らの過った認識を謝罪しようともせず垂れ流しているといわれても仕方がないのではないか? 産科の集約化云々という御遺族の言はそのとおり。ところが そこが正しいという論を隠れ蓑にして、自らのかつての過ちをカモフラージュしようとしてはならないとおもう。

 本書の執筆中に判決全文を読むことができなかったという言い訳は通用しない。脱稿したであろう11月30日にはこれを読むことができた。本書の主張とは違った部分の批判だという論はあたらない。加藤医師の名誉はどうなる? その個人の名誉を棄損したまま反論不能のまま出版することこそが ネットで医師が熱く語らなければならない原因になっているからだ。

結論 
-------本書は逆効果だ--------

 本書の大野病院事件に対する記載は、恣意的とも思える引用と省略によって読者に「加藤医師は1/4もの癒着可能性を知りながら、先輩医師や助産師の助言を無視して輸血準備のない所で手術を強行した馬鹿医者である」というイメージを与える事に成功していると思われる。それは裁判判決全文において認定された事実と異なっている。このイメージの元、氏はかつての自分の著作の正当性をもたせようとしているようにすら読める。

そもそも、資料2 の判決文全文は

1.一般的には こういわれている

2.しかし、この場合は こうであった

3.従って無罪である

と、いう論法で貫かれている。 予見可能性についてもそうであり、術中操作についてもそうである。

 ところが、本書は 「一般的には こういわれている」の部分はしっかり書いてあるのだが(先輩医師の助言や助産師の言葉もその中に含まれる)、「しかし、この場合は こうであった」 の部分は書いていないか 著しく弱いのだ。

 そうすると 読者は 「従って無罪である」 の部分が どうしてだ・・・ということになるし、そして検察の控訴断念がどうしてだ・・・ということになる。

 それに対する氏の見解が 本書の143ページ 「検察が控訴を断念したのは、医師側の反発に配慮したのと 検察の主張に添う証言をしてくれる周術期の専門家がもはやいないと判断したからと私は考えている」 と、いうことなのだ。すなわち、医師側の圧力をほのめかす記載をされていることになる。 これでは、やはり医師らはネットで真実を叫び続けるしかない。

 ジャーナリストにこんな姿勢がある限り、医師達はネット上で反論するしかなくなる。この本の狙いとしている・・と氏が主張していることとは裏腹にただただ,ネット上に燃料を与えていることになってしまう。

 産科の整備は当たり前に皆が望んでいることだ。その大義名分を隠れ蓑にしての、今なお仕事をしている加藤医師に対するこういった誤ったイメージの流布は許されるのであろうか。氏にはここは 勇気をもって自分の誤りを認めていただきたい。だれだって間違いはある。

おわりに.  -------では どう書けばよかったのか。----

「 裁判所は低いといったが、癒着胎盤5%の確率というのは無視できないと思う。すべての前置胎盤の帝王切開は血液が豊富な高次施設でやったほうがよいのではないか・・・・・・」

 24%などとほのめかすことなく、 最初から たったこれだけのことを 正確に書けばよかったのだ。

 事件当時の常識はともかくといて、医師達も耳を傾ける記載になっただろう。実は加藤医師も判決後のインタビューでその類の発言をしていたとおもう。
 それを不思議な引用と省略をするから、私も ここまでくどくどと書かなければならない。

 付け加えるなら、医師の予見可能性については 判断されていないとする判決前後の当初の世論は、判決要旨のみをみたからだと思われる。

いまや 判決全文が入手できる。

そこには 加藤医師の予見可能性について、詳細な考察と検討がなされているのだ。 大野病院事件について語るつもりで、かつ、この確定された判決全文が手に入る状況にあったのなら、その言わんとするところをよく理解して語らなければならないのではないか。

今、この著作によって 加藤医師の名誉は毀損されていると考える。それもマスコミの恣意的引用と省略報道による医師のイメージダウンという、医療崩壊の真の原因によって行われている可能性がある。

看過できないことだと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

へき地・地域への 医師誘導策

1.通算で へき地・地域一年の勤務歴毎に
地方税を2% を生涯にわたって減免する

(10年いれば20%)

2.へき地・地域の勤務歴三年で 自動的にいわゆる総合医と認定する

3.ただし 勤務歴は施設長と自治体首長に認定するものとする


将来 開業を目指す方も へき地・地域にきていただけるかもしれない。
へき地・地域は日々真剣勝負で総合診療にいそしんでいる。
ただし、いるだけでさぼっている人はダメ

この方法が一番 軋轢がすくないと思う

| | コメント (2) | トラックバック (0)

準備したくても準備できない血液

 ほとんどの一般の方が 輸血は買取り制に変わっており、返品が効かない事をご存じない事を知った。

 かつては輸血用の血液というものは、手術前に念のために多めにオーダーしておいて、大丈夫だったら返品するというシステムであった。また、突然の外傷に対する備えとして 各救急病院にストックもあったものだ。期限近くなったら返品できた。

 しかし、献血量が少なくなったためか、医療費が高くなるという理由からか、輸血用血液は買取り制に変わってから久しい。当然、使用期限はあるが、返品は効かない。

 一方、病院経営も 医療費削減策から苦しくなるばかり、到底 不良在庫をかかえられなくなった。念のために沢山用意しておくということができなくなった。

 かつての制度では 血液を無駄にしすぎる・・・という面もあったのだろうと思う。しかし、本当にすべてが無駄な血液だったのだろうか?
それは かけがえのない命を守るための社会がかけるべき保険だったのではないだろうか? 実際に外傷分野で亡くなっている命はあるとおもう。 自分も悲憤慷慨したことがあった。

 大野病院事件では、止血も致死性不整脈の前に完了しているし、血圧も血色素も保たれていた。したがって血液も実は間に合っていた可能性はあるとおもえるが、誤解とはいえ、一般の関心が輸血に向かっているのなら、この際 この不条理さに目をむけていただきたいものだ。

 献血が増えて 血液の買い取りがなくなって、念のためにの血液もストックできて、 政策的にも医療抑制策から増大策に転じたら、外傷分野でも、もうすこし助かる命はあると思える。

 医師 患者が 手を取り合って、こういう方向に進めば 建設的だと思うし、亡くなった方もすこしは浮かばれる。

それには もろに血液と金が必要だ。

http://www.jrc.or.jp/active/blood/pdf/19toukei.pdf

をみるかぎり、献血量は年々へっている。日赤は人員削減努力をしているが経営は厳しい。返品されてはやっていけない状況だ。

国民の理解があれば なんとかなるかもしれない。

献血は呼びかける。そして経営についてはやはり公費でもっと補助してやるべきだろう。

金の話は 政治の話だ。

もうすぐ衆議院選があるらしいが、 どの党がどんなこというか、よく聞いて
少なくともかならず投票にいくべきだ。

--------------------

返品ができない理由はPL法らしいという指摘をうけた。

つまり、品質の保障ができないから、日赤が拒否・・・

・・・うーーん、 信頼していただけないというのなら、どうにもならない。
でも それで 余裕のある血液供給が絶たれている現実はある。

それならば国家予算的に

1.廃棄費用補助

2.在庫管理、流通管理を施設基準などで保険点数的に評価して
日赤に頼らない病院同士の流通システムの構築を促す

などを提言していこうかと考える

それが実現すると、余分に血液オーダーできるようになって、医療の安全度は増すが、結果的に血液廃棄量増えるので、ここで、初めて献血の推進が意味を持つ。

これらのお金は 医師不足対策用の予算ではないから、やはり毎年2200億円削られていく医療費の中で要求しなければならない。
それでは、医療のどこかにしわ寄せがいくからだめだ。

安心医療に必要な物として これまた別枠で引っ張ってくるしかない。

衆議院選前の各党のマニフェストに推薦したい。

| | コメント (7) | トラックバック (0)