防災ヘリ 若鮎2 の墜落

なんということだ。若鮎2号・・・このヘリには当院から高次病院に何人も搬送していただいて、何人も助けていただいた。

言葉もない。

・・・・・なんということだ・・・

夕闇迫る中
あるいは雲の谷間を縫って
命を救うために飛んできてくれた・・・
この士気の高い隊員達によって 当地の患者達は何人も救われてきたのだ

隊員達の冥福を祈りたい・・・・


・・・なんということだ・・・・・・・・

悲しい・・・・悲しい・・・・

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準備したくても準備できない血液

 ほとんどの一般の方が 輸血は買取り制に変わっており、返品が効かない事をご存じない事を知った。

 かつては輸血用の血液というものは、手術前に念のために多めにオーダーしておいて、大丈夫だったら返品するというシステムであった。また、突然の外傷に対する備えとして 各救急病院にストックもあったものだ。期限近くなったら返品できた。

 しかし、献血量が少なくなったためか、医療費が高くなるという理由からか、輸血用血液は買取り制に変わってから久しい。当然、使用期限はあるが、返品は効かない。

 一方、病院経営も 医療費削減策から苦しくなるばかり、到底 不良在庫をかかえられなくなった。念のために沢山用意しておくということができなくなった。

 かつての制度では 血液を無駄にしすぎる・・・という面もあったのだろうと思う。しかし、本当にすべてが無駄な血液だったのだろうか?
それは かけがえのない命を守るための社会がかけるべき保険だったのではないだろうか? 実際に外傷分野で亡くなっている命はあるとおもう。 自分も悲憤慷慨したことがあった。

 大野病院事件では、止血も致死性不整脈の前に完了しているし、血圧も血色素も保たれていた。したがって血液も実は間に合っていた可能性はあるとおもえるが、誤解とはいえ、一般の関心が輸血に向かっているのなら、この際 この不条理さに目をむけていただきたいものだ。

 献血が増えて 血液の買い取りがなくなって、念のためにの血液もストックできて、 政策的にも医療抑制策から増大策に転じたら、外傷分野でも、もうすこし助かる命はあると思える。

 医師 患者が 手を取り合って、こういう方向に進めば 建設的だと思うし、亡くなった方もすこしは浮かばれる。

それには もろに血液と金が必要だ。

http://www.jrc.or.jp/active/blood/pdf/19toukei.pdf

をみるかぎり、献血量は年々へっている。日赤は人員削減努力をしているが経営は厳しい。返品されてはやっていけない状況だ。

国民の理解があれば なんとかなるかもしれない。

献血は呼びかける。そして経営についてはやはり公費でもっと補助してやるべきだろう。

金の話は 政治の話だ。

もうすぐ衆議院選があるらしいが、 どの党がどんなこというか、よく聞いて
少なくともかならず投票にいくべきだ。

--------------------

返品ができない理由はPL法らしいという指摘をうけた。

つまり、品質の保障ができないから、日赤が拒否・・・

・・・うーーん、 信頼していただけないというのなら、どうにもならない。
でも それで 余裕のある血液供給が絶たれている現実はある。

それならば国家予算的に

1.廃棄費用補助

2.在庫管理、流通管理を施設基準などで保険点数的に評価して
日赤に頼らない病院同士の流通システムの構築を促す

などを提言していこうかと考える

それが実現すると、余分に血液オーダーできるようになって、医療の安全度は増すが、結果的に血液廃棄量増えるので、ここで、初めて献血の推進が意味を持つ。

これらのお金は 医師不足対策用の予算ではないから、やはり毎年2200億円削られていく医療費の中で要求しなければならない。
それでは、医療のどこかにしわ寄せがいくからだめだ。

安心医療に必要な物として これまた別枠で引っ張ってくるしかない。

衆議院選前の各党のマニフェストに推薦したい。

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無罪になったとしても・・・・

大野病院事件では無罪判決がでて、検察も控訴を断念するらしい。

当然であるが、未だに加藤医師への偏見的報道はつづいている。

これには2種類ある。

まず、第一に・・・心洗われると以前の日記に書いたが・・・
実は この判決には事実誤認がある。

http://www.asahi.com/national/update/0820/TKY200808200207.html


この判決の論法は、

「もっとよい方法があったと認められるが、だれもそんなことやってないから過失がない」

ということをいっている。

したがってバッシングの第一は、

「もっと良い方法があったけれどもそれに気がつかずに手術した凡庸な医者である」

という報道だ。 とんでもない間違いだ。

もっとよい方法というのは 

「胎盤剥離途中でやめて子宮摘出すれば出血量は抑えられたと思われる」

と いう部分をさす。

その論拠となったのは 国家試験対策用の本と 帝王切開ほとんどやった事のない教授の弁だ。

ところが、次の文脈で 癒着の剥離を完了すれば子宮が収縮し 止血は期待できる と指摘されている。 で、実際に癒着胎盤例で 剥離を途中でやめて子宮を摘出した例を提示する事が検察はできていないと指摘されている。

そりゃ一例もない筈だ。剥離を途中でやめたら子宮の収縮も不十分で今まで剥離した面から血が出っぱなしだ。子宮も大きいので摘出しにくい。むしろ剥離止めて子宮摘出するほうが失血死の危険が大きい・・・

と 全ての帝王切開に絡む医師達は証言したわけだ。

したがって、

「理論的にこうでも 実際はこうであるから 無罪」

ではなくて、

「最初の理論の方が間違えている。加藤被告は正しい方の理論にしたがったから無罪」

つまり国家試験対策本と帝王切開ほとんどやったことのない教授の方が間違えている というのが正しい。

でも、裁判の上では 無罪になってしまえばどうにもならない。

しかし、これは 剥離を途中でやめて子宮を摘出するのが正しいという学説の論議だ。
とにかく、そういう学説があった。裁判所はそれに従ったそういうことだ。

それなら、学説については学会で否定するのが筋だ。判決確定してからでよい。 だれも癒着胎盤の剥離を途中でやめて子宮を摘出する人はいない。 その実証すら危険である。
したがって、シンポジウムを開いて 正式に否定して 剥離はじめたら最後までやりとおして子宮の収縮を待つのが正しいと結論をだす。 あまりにも当たり前だから、これがやられていなかったのだ。
そして、ガイドラインを作る。

そして国家試験に出題して、堂々と 途中でやめて子宮を摘出するのは誤りとする。

この第一のバッシングについては、こうやって名誉を回復するしかない。


第二のバッシングは

「周囲から高次病院への転院を勧められたのに 大野病院で手術した自信過剰医者」

というイメージだ。裁判で すでに検証されているのにそれがあたかも偽証であるような書き方をするジャーナリストがいる。
余所でやれば助かっていた・・・という感情は あらゆるご遺族に共通するもので、無理のないものだが、事実ではない。そこに付け込むジャーナリズムを嫌悪する。

これは   手術を産科医一人で やった(応援を呼べばなんとかなった)
あるいは 出血中に心停止した
あるいは 帝王切開後前置胎盤が癒着胎盤になる率は高いのに無視した
あるいは 上記を指摘されたのに無視した

などという 全くの事実誤認に基づくものであり、そのイメージを証言の恣意的な引用と噂話と噂話が証言より真実を語るという全くの支離滅裂な論理で読者に植え付け、再発防止策を提言するという姿勢という隠れ蓑をきて今なお 真摯に患者を助けようとした加藤医師をバッシングする下記記事に代表される論調を強く批難する。

http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-12.pdf
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-13.pdf
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-17.pdf

上記は2年前だが、8月28日の朝日新聞の「私の視点」でも 氏の主張は変わらない

判決の日の朝の日経朝刊の下記記事や、判決後のご遺族の談話も上記記事のような考えがベースになっていると思われる。

日経朝刊

・緊急手術ではなかった(対策を取れば取れたはず)
・胎盤癒着の可能性があることは文献からも予見でき、高次医療施設で管理、出産を行うべきとあるが、産科医一人しかいない施設で手術を行った
・相談された先輩医師は「大学病院から産科医を派遣してもらった方が良い」、助産師は「大きな病院に転送すべき」と申し入れたが、被告医師は断った(理由は不明、病院は回答せず)

このような論調をもって まだ真実は明らかではないという論があるわけだが、 しかし、これらの疑問は 裁判でずっと真剣に論議されてきたものなのだ。裁判証言も明らかになっていてそれらを判断された無罪判決が出ている現状で、このような論を公言するという行動は・・・もしも悪意がないのなら混同がある。

助産師や先輩医師が大量出血の可能性を考えたのは、証人の池ノ上教授の証言とおり、帝王切開後の前置胎盤で胎盤が帝王切開の傷跡へ癒着している頻度が高いからだ。これが文献でも示されている部分だ。

しかし、この例は胎盤が後壁に主にあり帝王切開の傷跡にかかっていないと術前と術中に超音波検査で診断されており、事実そのとおりであった。このような例での癒着は「by chance」すなわち偶然によるものであり予見不能であることがこれも前述の池ノ上教授の証言で明らかになっている。すなわち、この病態で加藤医師か高次施設へ転院させなかったのは、当時の産科医療の中では一般的であったことは裁判で明らかになっているのだ。

 従って、大量出血が予見できた、転院させるべきだったと、裁判がおわって証言記録も残っている今なお、主張することは、裁判の証言の恣意的な引用による悪意ある記事ととらえられても仕方がない。気の毒なご遺族もこのような記事によりミスリードされているようにみえる。

実に遺憾だ。

 しかし、帝王切開後の前置胎盤で 帝王切開後の傷跡にかかっていなくてももしかしたら ある程度 癒着頻度が高くなるかも知れない。これは今後 学会でさらに検討していくべき課題だ。

上記の記事の主張が

「加藤医師が慎重さを欠いている」

ではなくて

「当時の産婦人科の常識は慎重さを欠いていたのでは」

ということであれぱ どんなによかったかと思う。
それなら、我々も同じ土俵で話ができた。

じゃあ どうすればいいのかという話になる。
一人医長なんか誰でもなりたくない。
でも二人以上なと言う事にすると、産科医が足りないのだから
それは自動的に 地域からの撤退を意味する。
・・・それが 実は今の状況だ。

前置胎盤の予定手術症例を全例 高次病院でやるというルールにするにしても 高次病院の産科が手厚いかと言えば こちらも人手不足だったりして
パンクするかもしれない。

それも 産科が少ないからだ。

そして、無罪になっても、恣意的引用と不十分な知識と誤解で医師への個人攻撃を繰り返す記事があるとすれば、やはり 産科の志望者は増えないのではないかと危惧されるのだ。

・・・・・また、手術を産科医一人でやっていたという誤解も一人歩きしている。

手術には外科医が手伝いにはいっており、止血には十分であったことも裁判で明らかになっている。手術野にもう一人入ってきたらかえって邪魔であっただろう。狭い骨盤に手がすでに4本だ。 事実 このチームは致死的不整脈が発生する前に止血に成功しているのだ。 手術中応援を呼ばなかった云々ということはあたらない。応援がきたらかえってペースが乱れて、止血できなかったかもしれない。

さらに、大野病院手術チーム 患者の致死不整脈に遭遇する直前にたどり着いたのはどの状況であったかの証言を引用し、いかなる高次病院でもさけられない事態であっただろうことを指摘しておきたい。

繰り返すが、このチームは致死不整脈の前には止血に成功していた。ある意味 高次病院よりも優秀であり 加藤医師はどちらかといえばよくできる医師だ。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%C6%F3%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F2%2F24%29

の後半の 助手に入っていた外科医の証言

-------------

検察:臓器損傷による大量出血はありませんでしたか?

証人:ありません。

検察:臓器損傷は?

証人:ありました。

検察:いくつ、何を。

証人:膀胱だけです。

検察:どのように?

証人:膀胱を損傷したので修復したことがありました。

検察:出血は?

証人:ほとんどありませんでした。

検察:他に傷つけたことは?

証人:子宮断端にガーゼを縫いこんで縫い直したことがあったが、明らかに大量出血の原因となるようなことはありませんでした。

検察:VTとはどういう意味ですか?

証人:死亡する危険性のある不整脈。

検察:いつVTと言われましたか?

証人:子宮摘出後。膀胱を修復して、閉腹しようという時だったと思います。

----------------------

VT始まるまえに止血は完了していた。
大きな出血は子宮摘出時点でなくなっている。

麻酔科医の証言でこの時点で血圧は80以上あり 直前のHbも7以上あったことがわかっている。

つまり、このチームと患者は 本当にゴールできたに等しいところに来ていたのだ。そこに予期せぬ致死性不整脈が襲った。

いかなる高次病院でも この事態は予期せぬ事だ。
救えない。

実際、本当に失血死であったかも 剖検していないからわからない。加藤医師は失血死と語ったが、広い意味ではそうかもしれないが、本当は違うかもしれない(予見不能かつ致命的な羊水塞栓の方が病態にあいそうだ)。

もっと大きいところなら助かったかも・・・というのはご遺族の自然な感情だ。しかし、その感覚を利用して記事をうる、視聴率を稼ぐマスコミは猛省するべきだ。 

再発防止策と 加藤医師の人格批判は関係がない。

再発防止策の隠れ蓑を着て加藤医師を攻撃して記事を売ろうとする人々を軽蔑する。

参考 裁判記録 

宮崎教授

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BD%BD%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F11%2F30%29

応援に行くかもしれなかった産科医と 手術にはいっていた外科医

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%C6%F3%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F2%2F24%29

岡村教授・・・・途中で応援についての質問を検察が撤回

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%B6%E5%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F10%2F26%29

宮崎教授と岡村教授の裁判の評価

http://www.asahi.com/national/update/0820/TKY200808200207.html


・・・・まだまだある。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

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バイスタンダー 救急隊 GJ!!

70才男性が
道端で倒れているところを通行人発見
意識なし 呼吸ない
救急司令の指示に従い
胸骨圧迫開始

救急隊到着
心肺停止確認
VFにて AED作動
ベース医者にオンライン

都合4回 AED作動
胸骨圧迫中断しないままLT挿入
換気良好 
病院到着時3サイクル目のCPR

救急室で5サイクル目になったので
パルスチェック
心拍再開確認
自発呼吸回復

しかし、数分後VF再発 除細動
リドカイン投与

再び洞調律再開確認 血圧140台
瞳孔反射 回復
自発呼吸安定
心電図上 心筋梗塞疑い

根治的治療めざし ドクターヘリ要請

ヘリに受け渡す時、うっすら開眼

15分後大学屋上到着 救命センター搬入

心カテで一枝病変99%狭窄 発見 心筋梗塞確定 この支配領域からの致死性不整脈が発生していたものと推察。 再開通成功

脳保護のために低体温療法スタート
肺炎発症するも治癒

そして先日、歩行にて退院された。

うれしい!! うれしい!!

第一発見者は 救急車が来るまで、消防司令の指示に従って、とにかく胸をおしてくれていた

救急隊は現場で2回 搬送途中 2回 除細動をかけた 当院救急室で心拍再開確認

当院では またもや再発した心室細動に対して除細動をかけた。心拍再開確認するとともに薬剤の持続点滴にて不整脈安定化し 心電図にて心筋梗塞と診断、ヘリ要請とともに、移送にそなえて気道確保をLTから気管挿管に切り替えた。

大学では 心筋梗塞に対して根治的治療を行うとともに低体温法にて脳を保護した。

どれ一つが欠けても この人は助からなかったか 寝たきりになっていた。

思えば この瞬間のために 当地での救急体制を整えてきたようなものだ。

うれしい、うれしい!!

最初に胸をおしてくれた人がいる施設に電話をかけた。よくぞ押してくれた!!
当人はいなかったが、電話の向こうの同僚の声は 弾んでいた。

----------------------------

救急隊の活動は メディカルコントロールの事後検証では
「標準的活動」
にチェックがはいるだろう。これが最高評価なのだ。
できてあたりまえ・・・ということだ

しかし、私は・・・

GJ !!

私は いつも欄外に 大きく そう記載している。

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夢物語

やっと低医療費政策批判が 新聞社に報道された

http://cc.msnscache.com/cache.aspx?q=8339385262979&lang=ja-JP&mkt=ja-JP&FORM=CVRE

http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/crisis/archive/news/20070123ddm001100103000c.html

今まで偏向した報道ばかりしてきたこの新聞社にしては上出来だ。
しかし、これは医療崩壊が都市部にやっと波及したからであろう。結局のところ、各新聞社の本社は都市部にある。

しかし、有能な医師が医療を放棄していった「本当の理由」に思い至るまで、まだまだ時間がかかるのだろう。

事ある毎に 人様の日記に書きこんでしまっている。迷惑をかけているががとにかく、地道にやっていくしかない。

本当の事なのだから、いつかわかってもらえる時は来るはずだ。
でもその時まで何人の命が失われていくのだろうか。

夢物語だが、
もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは高い給与などではない。

望みは、身の保証だ。

たとえば
ある条件下での医療関連死における刑事訴追の免責の保証。

ある条件とはたとえば、同意書の存在だ。 

ここに死亡可能性が明記されている.それは操作ミスの可能性も含んでいるわけだが、その上でいちかばちかチャレンジしないと100%の死がまっている.

その中で患者様が同意してチャレンジしてきた.

その結果死に対して
交通事故と同じ刑事罰の業務上過失致死というのはおかしい。

我々は人間だから、絶対にミスをする。
それによって常に患者様を死なせる可能性がある。
決してやりたくてミスしているわけではない。

給与が3倍になっても、それで刑事に問われてはみわない。それが甘えだというのなら、皆 人間だから止める。治療は神様にお願いすればよろしい。

それが 今 おきている医療崩壊なのだ。

一方、患者サイドにも、まずは無過失保証を整備する。さらに迅速に対応する専門家による第3者機関を設けて迅速に医療過誤を判定して救済する。
もしも 医療費が増えるとして、我々の給与よりも、こういった方面に使っていただく方がよい。

医師への処分は、それが専門家による審査の結果であれば甘んじて受ける ・・・

これは、大事だ.

科学的真実がただ感情や社会情勢でねじ曲げられる事があってはならない.それは中世の宗教裁判と同じだ.

警察がまったくの無知蒙昧で科学的真実を尊重する意志もなく信じられないことは大野病院の事件を初めとする警察の対応でわかってしまった.

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20070126k0000e040046000c.html


http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/kenko/news/20070126ddm002100029000c.html


最近、堀病院や、奈良県の大淀病院の事例で、検察警察にも医療の実情を考慮した知性ある判断が示されているようであるが、おそらく産科に代表されるリスキーな分野の医師達は、この大野病院の事例の無罪が確定し、さらに警察検察の専門家意見を聞かないままの暴挙に対して、再発防止のための責任者に対する厳正な処分人事がおこなわれないかぎり現場にはもどらないだろう。

奈良県大淀病院での事例については、子癇失神→異常高血圧→脳出血のながれで亡くなった訳だが、素人は脳出血を子癇と誤診したと未だに信じているのではないか?.脳出血の時点で 脳外科的処置ができないあの施設で、構造的に遠いCT検査室までCT撮りにいっていたら妊婦だけではなくて、酸素投与がおろそかになりがちな検査室への移動や検査中において胎児まで死亡、あるいは障害を残ししていた可能性があるが、素人はいまだにCTとればなんとかなったと信じているのではないか・・・.不幸だが、どうにも救命できないことはある.そこで次善の策をとる. 彼は本能的に子供を救ったのだ。
このような高度判断の評価には、専門家の目が必要だ.前述のように大野病院事件に至っては、産婦人科の意見など聞かないまま起訴していると弁護側は指摘している.

そこで、利害関係をもたない第3者の専門家委員会の創設だ.これをなんらかの方法で機能させないといけない.
正直なところ、このような対策をしないとリスキーな分野に医師はもどってこない。


・・・もしも

夢物語だが、
もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは高い給与などではない。

望みは医業に専念できることだ。

たとえば、カルテがIT化されても、事務の負担が減っただけで、我々は事務の代行をしているに過ぎない。世の中は、それがあたかも美徳であるが如く、医師の雑用を増やしてきた。患者様の目をみられない。パソコンのモニターを睨んでいなければならない。

それは、医師が悪いのか?どこか間違えていないだろうか? 変革の方向は、我々が患者様に向かう時間を増やす方向であってほしい。

また、お役人が創設した煩雑な書類が多すぎる。

それが必要な物なら医業秘書を整備して我々は書類に目を通してサインする。 医業秘書を雇用すれば点数が加算されるような制度。 これにより、我々の注意力は飛躍的に目の前の患者様に向くし、患者様にも御家族に説明できる時間は増える。

もしも 医療費が増えるとして、我々の給与よりも、こういった方面に使っていただく方がよい。 医療秘書の人件費だ。

正直なところ、このような対策をしないとリスキーな分野に医師はもどってこない。

・・・もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは 高い給与などではない・・・

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医学生よ、研修医よ、地域医療をなめるな

前回の「地域医療への処方箋」に対して

某所でコメントをいただいた。

進路について自分の希望がかなえられなければ無医村にでも行こうかと考えている医学生がいるとのこと。

あるいは、もうすぐ、都会の病院で医師があふれるから、自然に地域にはじき飛ばされてくるだろうという意見も聞く。

私は申しあげたい。

「無医村をなめるな!!」

と!!!。

無医村赴任の医師にはそれこそ適性が必要だ。

 地域だから、僻地だから 医療が出来なくていいだろうという、間違えた考えは厚生労働省から持っていると思われる。

それが証拠に、くだんの開業要件騒ぎの時に、僻地で開業する場合はその限りに有らずという文言がみられた。

地域医療の経験がなく、専門ばかりやってきた人が地域で開業するのは大変に危険で迷惑で、地域の人々を馬鹿にした話だ。

また、都会から弾き飛ばされた医師で足りるだろうという考えも同様だ!!

地域だから、低いレベルの医療でよいと考える人は医師失格だ。

設備がないからこそ、明晰な頭脳と診察力と そして直感にも近いものも用いながら、都会と同じレベルの医療を提供しようと頑張らなければ、本当に奈落の底に落ちていってしまう。

その直感について、亡き父は 
「医師としての真の直感は、修練と責任感に宿る・・・」と死の前日に私に言った。

確かにそうだと感じる。

修練と責任感に裏打ちされた品格こそが、地域医療に必要であり、またそれは大病院のリーダーとしても相応しいものだ。

15年-20年後、今の研修制度の中の研修医達に対して、地域医療経験を都道府県立病院副院長以上の要件にするという先の私の案はそういった積極的意味合いもある。

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地域医療危機への処方箋

クローズアップ現代の再放送をみた.
お隣の町のS病院の苦悩も紹介されていた.

地域から医師がいなくなるという状況は、
卒業生が研修病院を自由に選べるようにする・・・という
臨床研修制度がスタートする時点で
一生懸命、医局が訴えてきたものであるが
こんなこと、夢にもおもわなかったのだろうというコメントに噴飯した.

実は医局は困らない.地域への派遣をやめて大学に人を戻すだけのことだ.
困るのは自治体ですよ.自治体が臨床研修制度に反対しないとだめですよ・・・といってきたのに、自治体はなにを勘違いしていたのだろう.

対策について、地域医療の魅力を医学生に訴える・・・などといっていたが 本当に馬鹿げている.

地域医療を志す人は確かにいる.でもニーズはその何十倍も大きいのだ.
医師として志をたてた以上、よい設備で最高の医療を提供し勉強していきたいと考えるのは極当然の事だ.

問題の本質は 地域への赴任というものが
「負け犬」
と思われていることなのだ.

医局から派遣されてる場合は、博士号のために教授の言うことを聞くとか、すぐにまた代わりが来る・・・ということで医師自身が自分を納得させていたのだ.
それが自由化されたら、医師は意地でも地域には赴任しない.

地域医療に価値がある・・・のは本当であるが、説得する労力にみあった結果はえられないだろう.

私は2年前から、自治体が以下をとりきめればあっというまに解決するといってきた.

「15年後の都道府県立病院の副院長以上は地域医療の3年以上の赴任履歴をその要件とする」

厚生労働省にもmailしたが、しばらくして彼等のだしてきたのは開業の要件とする・・・というもので、あっというまにつぶされてしまった.それはそうだろう・・・

都道府県立病院の副院長以上は 地域隅々まで見通す視点を必要とする.
岐阜県でいえば9名のポストだ.
この内規の公表だけで、地域への赴任を1つのエリートコースとして若い医師は見てくれる.そして3年たっても、すぐに次の希望者はみつかるだろう.

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同情できない青戸事件

青戸事件の判決が出た。

あいかわらず、手術経験とか、指導医の有無等に焦点があたっているようだ。

それも大切な事だ。

だが、私にはもう一つ、彼らには当初から大切なものが抜けていたと感じている。

それは、無理ならすみやかに通常手術に移行する本当の勇気だ。

それは勇気などというものではなく、当然の事である。

いつかはチャレンジしなければならない時はある。

しかし、その時、患者様の命よりも自分のプライドの価値の方が大きい者に

私はメスを持たせない。

いや、彼らは、そんなことはわかっていた筈だとも思う。

手術室の集団心理、あるいは、スターダムを求める世間の雰囲気にのまれてしまったか・・・

そうだとしても、同情は出来ない。この事件と大野病院産婦人科逮捕事件と混同されてはかなわない。大野事件は検察に この事件と混同している節が見える。

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地域救急 がんばるぞ

都会では救急病院が1次2次3次とランク付けされていて、救急隊員は傷病者の重症度に応じてそれぞれに振り分けている。 2次輪番という言葉も この状況に即して意味をもつ。

その3次施設の配置というのは、人口比で考えられているようだが、僻地においては無意味となる。例えば当院は2次施設に分類されるが、行政のいう輪番を組む2次施設というのは30kmの彼方、行政の枠組みでの3次施設は80kmの彼方だ。重症であれば、搬送途中に死んでしまう。

しかし、周囲人口1万人程度の当院に3次施設並みの設備を備えるのは、あまりにコストがかかりすぎる。
ここに、僻地特有の救急格差が発生する。

とにかく 当地では、都会なら3次施設相応の重症外傷でも当院に運び込まれてくる。そこで、当院で根本治療が無理なら、とにかく根本治療はいいから生かすだけの強力なサポートをして、少しでも状態をよくして、3次施設まで運び込むというだけの治療をしようと考えた。なにもしないで時間の無駄だといって門前払いをすると、搬送途中に死んでしまう。

とにかく呼吸させて、心臓を動かして、血の量をふやしながら送るのだ。見た目が派手な枝葉末節にとらわれていて心臓が止まってしまってはなにもならない。なんとか生きて3次施設までたどりつけたら、結果はともかく、この僻地の人でも都会と変わらない救急医療を受けさせることができるのだ。それは当直が外科医でなくてもできるはずだ。

そこで、日本救急医学会と外傷学会がまとめた外傷初期診療ガイドライン(JATEC)を参考に、当院の実情にあわせたガイドラインをこしらえた。JATECの講習会は大変に競争率が高いからだ。救急指令所からの第一報で高エネルギー事故らしいということが伝われば、その時点で当院の事務を含めた全スタッフが動き出す。

このガイドラインを決めてから、即死を除けば 当院内での外傷死が0となっていることが判明した。当院で根治治療できた例も多かったが、当院で無理な場合でも、処置の結果、当院到着時に心臓が動いていた全例で生きて3次施設にたどりつけている。

県から、臨床研修の協力施設に追加させてほしいといわれたので、研修医向けのプログラムにも高らかにそのことをうたった。

さて・・・競争率が高いJATEC講習会(コンピュータ制御された重症外傷設定のダミー人形を適切かつ迅速な診断処置によって死から救う実習。2日間にわたる)だが、いつも大都会でおこなわれるのになんと岐阜で開かれ、全国で32人の受講枠に当選してしまった。

 なんでも、最後に試験があるらしい。当院のガイドラインの制定者である私は、大変にプレッシャーを覚えた。なんとなれば、既に自分の蘇生スタイルをもってしまっている医師ほど、JATECから逸脱して成績が悪い事を聞かされていたからだ。たしかにそう思う。試験におちたら、私が教えることになっている研修医向けのプログラムをなんとしよう・・・。

そもそも、私にはJATECを習得して、ガイドラインをさらに強化して僻地救急格差を少しでも少なくする使命があるのだ・・・。

ううう・・・とってもとってもプレッシャー・・・・。

・・・・

私があたったのは 恐らくは脳損傷で意識状態が悪いけど吸引で気道のゼロゼロは解決したが、フレイルチェストで呼吸状態悪く、そこで気管内挿管して人工呼吸管理にして生命危機解決し、腹腔内を検索しているうちに今度は緊張性気胸となり再び生命危機となり、すばやく脱気してさらにトロッカーいれて生命危機解決し・・・・
と、いう三重苦の想定であったが、なんとか迫り来る死から救うことができた・・・けれども、ここまではある程度「素」でやっている。

ガイドラインだから、所々で総括しなければならない。頭部CTに向かう前に生理学的評価に対して総括した。

「えっとA(気道の異常)については・・・・
・・・・あれ?・・・・良くなったはずなのに挿管されてる!!! あたしゃなに思って挿管したんだっけ?」

真顔で試験官に聞いてしまった。

うう・・・救急医に意識障害があるとは、これはこまった。これが年配者が落ちやすい本当の理由であったか・・・orz

結果発表される前に 
全員受講証渡されて帰されてしまった・・・・結果が心配だ。

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勤務医順法闘争

 日本の医療は終わった.脳死だ. はっきり、数字にあらわれる小児科とか産科とかで世の中あわてているが、実はすべてのリスキーな分野で終わっている.

 例えば、肝臓外科の達人達、無記名でアンケートとってみればよい. 「あなたは術中死の経験がありますか?」 とね. 経験が多ければ多い人ほどyesと答えるのではないだろうか.切除不能かもしれない癌でも彼等は藁をもすがる患者さんのためにチャレンジしてきた.その結果だ. しかし、彼等はその数百倍の同様症例の人々を助けてきた.  術死のデータは公表され積み重なって、そして後の教訓となって、医学を支えてきた.今の人々が享受している先進医学は御先祖様達の貴い犠牲の上になりたっている.  

 今は術死はどうなるかというと、異状死として届け出て、病院は保身のため術者を警察に突き出す.福島県の大野病院での産婦人科医逮捕事件をみていると、学会がおかしいと声明をだしているところの医学的に不可思議な理由によって起訴され、マスコミは医療ミスとして報道し 術者は社会的に抹殺されてしまう(癒着胎盤が予見可能とする起訴理由が本当にこれだけなら、この事件は断じてミスではない。どれだけ画像診断を駆使しても予見可能な癒着胎盤などないのは日本最高権威の産婦人科学会も指摘しているところだ。)。

 その結果が、自分達の信念によるものならよいのだが、我々には妻子もいる.これらを自分の信念の犠牲にするわけにはいかない.  だから、最初から、患者様に求められても、危ない手術はやめにしようということになる.世の中から達人は消滅し、世界一を誇る日本の外科技術は終焉を迎える.今までなら助かってきた人でも諦めてもらうしかない.

 おそらくはもう、既にこの現象は起きているけれども表にでない.  世の中がそれに気付いても、もう達人達は引退し、危ない手術の分野は初心者の手により、また屍の山を築きながら進むことになる. 気 の毒なのは、今までなら手術してもらえて、生存可能性があった患者様と、再開したときに 技術の伝承が不十分であることが原因で術死していく患者様達. 多分、それも医師が悪い事にされる.

 僕達は、命を救うと言う崇高な理想をもって医師になった.だが、残念ながら生まれた国と時代が悪かった.諦めよう・・・難しい手術は断ってしまおう・・・理想を諦めきれればだが・・・・  産科など、厚労省は報酬をあげるだの、主婦になった人を呼び戻すだのいっているらしい.AHOKA!! 今まで安定した生活をしているのに、わざわざ社会的に抹殺される可能性のある現場にもどる主婦がいるものか!!どれだけお金積んでもだめ.

 問題の本質は、医師を悪者にする記事の方が売れてしまう、世の中の風潮にあるが、今をさること70年前も、好戦的な記事の方が売れてしまう風潮があって、マスコミもそれに乗っていた.その結果がどうであったかは語るまでもない.その頃と全く変わっていないようだ. 医療は既に死んでいる.

  大病院にいて、このままでは過労死するな・・・とおもっていたところで転勤して、命救われた. ちなみに、僕の後任医師は、当直中に当直室で首を吊って自殺した. 遺書の内容については知らないが、場所がなによりのメッセージだ. 救急外来は、コンビニと勘違いしている慢性疾患であふれ、医師には宿直明けの休みもなく、普通の手術があり、また事故も起きかねない. それは不可思議な理由で宿直が勤務時間とみなされないからだ.

  勤務医よ、自殺するまえに、がんばるのをやめよう.順法闘争を始めよう. (これだけで、医療は崩壊するが・・・なんとか患者様が亡くならないように順法闘争できないだろうか)

  いや・・・もしかしたら、闘争する価値もないのかもしれない。自分の理想との折り合いがつけばしれっ・・・とリスキーな現場から辞めてしまえばよい。 矢面に立つこともない。実際そんな人も多い。闘争という言葉をつかうこと自体、どこかに理想の医療をあきらめ切れない自分がいる証拠だ・・・・。

甘いな僕も・・・

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