僻地救急外科

東海3県の地域医療研究会があるというので行ってみた。

高校生や医学生の内から合宿をするなど、地域医療に興味をもっていただくための試みが紹介されていたが、気になるデータがあった

合宿前後では たしかに平均でみれば地域医療に興味をもつ方はふえていたのだが、逆に興味を失ったと答えるものが存在し、その割合は高校生よりも医学生に多かったのだ。

そこで発表者に これらの医学生に共通した特徴はあったか聞いてみた。
そのデータはもっておいでではないとのことであったので、追加の研究を依頼した。

実は 発表を聞いていて なんとなく思い当たる所があった。
前回 学生たちに話した内容に関連がある
http://bassisha.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-e286.html

地域医療 特に僻地になると、老人人口の割合は多い
であるから、地域医療が上手くいっているかの評価ポイントで、在宅での看取りがどれだけ増えたか というファクターがしばしば用いられている。
参加した研究会でもそうであった。勿論 大事な事である。

しかし、そのような地域であればこそ、若い方々はなけなしの存在であり、いや、そうでなくても、危機的救急疾患や事故に対して これらの方々を少ない医療資源の中、センスと技術と他院との連携をもって救命し、社会復帰させることはあたりまえに重要なのだ。
 救命医を積んでくるドクターヘリは夜間や視界不良時飛ばないし、救命士は臨床的心停止まで輸液も薬剤投与も気管挿管もできない。外傷では臨床的心停止までいたってしまえばまず社会復帰は無理だからそれまでになんとかしなければいけないし、他の疾患でも心臓が止まってからの蘇生ではあたりまえに社会復帰の可能性は減る。
 だから僻地赴任の医師達は少ない医療資源の中、センスと技術と他院との連携をもって救命し、社会復帰させることにも精通しなければならない。だからそれにも取り組んでいる存在なのだ。 

 あまりにあたりまえすぎて、この事が地域医療を語るなかであまり触れられないのではないだろうか。しかし、医学生の中には ブラックジャック志向やドクターコトー志向の人はいると思われるので、そこで在宅看取りを評価ポイントとする地域医療合宿をすると かえってモチベーションが下がってしまう部分もあるのではないかともおもえる。

 一番 近いもので救急科だが 救急医学会をみていると たしかに時間的な余裕がない系だが、そこに医療資源をつぎ込んで 助かりそうもない人が助かりましたという話を 都市部の救命センター達が発表しあっている感がある

 外科学会にいくと、同じように豊富な医療資源をもって 取れそうもない癌が取れました・・・あるいはこの術式で生存率が上がりました・・・あるいは豊富な症例数をベースにした抗癌剤の検証を行っているように見える。

 そして、地域医療学会にいくと、在宅医療の成果として在宅看取りを評価ポイントの一つにする世界がある。

 そうなると、ブラックジャックやドクターコトーの世界のような 僻地救急外科をかたる受け皿というものがないような気がしてくる。どこで話しても 特殊世界の話なのだ。

 いっそのこと 僻地救急・外科研究会 などというものでも立ちあげようかという気もしてくる。

 そんなことを考えていたら、こんどは私が質問した相手から自分の地域で研究会をするので50分程講演してもらえないだろうかというmailがきた

そこで、学生むけに話した
http://bassisha.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-e286.html...
の外科医に そのまま僻地赴任医師にさしかえて話してみた。

それでも当然成り立つ話であった。

参考にして救急システムを変えてみた。それとは別に皆なにやら元気になったとの お礼のmailが来た。
その地域で救える人が増える事を祈っているし、僻地地域医療に携わる方々がさらに誇りを持って働けるような世界が来る事を祈っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学生向けプレゼン

外科の入局者を増やすためには
学生の内から興味をもっていただかないと・・・・

と、いう話になった。関連施設の様子など話すとよいのでは・・・とのこと。

当医局では はじめての試みだが、学生向けセミナーを開催する事になった。 会議には参加していて、それはよいと賛成した。

しかし、なぜかトップバッターは私であった 40分くらい話せという。

くたくたと 当院の取り組みと生活の様子などこしらえたが・・・
想像以上に気疲れした。 やっと完成したが・・・いったいなにが学生に享けるのかわからない。

書いている内に おもしろい発見もあった。

僻地地域での外科医のモチベーションは 限られた医療資源の中で技術とセンスをもって重症患者を最終的に救命してみせることから発生する。

・・・どうも、心の中に住んでいるのは「ブラック・ジャック」らしい。

 ブラック・ジャックのマントの中には清潔を度外視した諸般の道具が入っている・・・これが 限られた医療資源に相当するものだ。
 彼は、必ずしも自己完結では治療しない。しばしば大施設までの応急処置で患者を救命する。これは僻地地域の実情ににている。

学生にわかるか不安だが、とにかく話してみた。

結果 当科を研修先 に選んだ学生は倍増したとのこと。
結構 ブラックジャック や ドクターコトーを志向する人はいるのかもしれない。
ただ、もともと少ない人数ではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山本病院事件は業務上過失致死ではない。傷害致死だ!!

 山本病院の事件を手術結果に対する業務上過失致死 という方向で警察は立件しようといている。それは妙だ。

 警察は血管腫と癌との鑑別は困難だから 意図的に血管腫を癌と偽って手術したということは立件困難であると思っているらしいが、消化器外科をやっているものなら、鑑別困難ではないことくらい解る。またまた、逆の方向で、警察は臨床医の言う事に耳を傾けていないのではないかとおもう。

 肝臓において 血管腫と癌腫の鑑別は CTでも超音波でも容易だし、血管造影などなされれば、その定義からしても血管腫は完全にわかってしまう。血管造影所見まであって血管腫を癌腫といいはるのは故意でないとありえない。

 しかるに、この例はTAEということをやっている。これは肝の動脈を塞栓して、主として動脈から栄養をうけている癌にダメージをあたえるという方法なのだが、そのためには、絶対に血管造影しないと、ソケイ部から入れたカテーテルの先が肝動脈に はいっていることすらわからない。したがって血管造影は確実にやっている。まちがいなく血管腫と診断できている筈だ。

 よって、この段階でも血管腫を癌腫といいはるのは故意でないとありえない。 まちがいなく多くの証人が検察側に立ち 弁護側にはだれもたたないだろう。

故意であることを立証するのは 下記URLのように塚本容疑者の供述でもいけるかもしれない。彼は 体を張ってでも手術を止めるべきであったが、丁度上司にいわれて捕虜を殺した戦犯のようなもの、胸中を思うと複雑だが、すべてを話して山本容疑者の罪を暴いてほしい。それが彼にできるせめてもの死者に対する償いだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100208-00000012-san-soci

ちなみに、上記報道でも外勤していた放射線科医が血管腫と診断している。あたりまえだ・・・


血管腫を癌と偽って手術するのは故意犯だ。

それを 方便で安易に業務上過失致死などで手術の現場にふみこんでもらいたくない。

ちまたで広まりだした話・・・たとえば、 看護師が制止したことだって助言は助言として聞いて、説明して手術することはある。それは医師が新たな知見を持っている場合だ。

輸血の準備をするよう進言されたことだって輸血なしで、肝臓切除することはある。この医療費抑制のご時世、輸血の返品がきかないから、必要なしと思えばオーダーしない。 ・・・庇のようなところであれば腸カンシでも出血は制御できるからだ。 さらに、術後に一杯やるということも、非番であればありえる。

このように、手術における業務上過失致死というのを強行すると、不本意ながら容疑者の側にたった事をいわなくてはならなくなってくる。

 だから、私たちがついているから、警察検察には一生懸命下らないリークをしてダーティイメージをつくるのではなくて、正々堂々と傷害致死ですすんでいただきたいものだ。

----追記----

「山本容疑者は杜撰な手術に対する業務上過失致死よりも 血管腫を癌腫と偽って手術したことに対する傷害致死罪で告発せよ」
と 言った場合
手術現場の医師 と 法律に詳しい方 との着眼点が違っていて 手術現場の医師は診断段階と手術段階での結果回避可能性に目が行くのに対して、法律に詳しい方は 傷害致死と業務上過失致死との運用方法に目が行って 論議がすれ違う事がわかったので、下記に整理してみた。
--------------
 山本病院事件に関して警察が手術の準備と杜撰さに対する業務上過失致死という理由で逮捕したことと、それに派生する諸般の報道について 気になるところがある。
 私はこの虚偽診断の故意性の証明は この腫瘍がFNHなどではなくて 血管造影検査すれば鑑別は容易である血管腫であったことと、TAEまでやっていて血管造影検査していることは自明であることから、もしも本人が故意性を否認しても 周囲の証言から傷害致死罪で立証可能であると考えている。
 しかし、たとえば
 「USでhyperechoicで、造影CTでも血管造影でも求心性濃染でした。これまで私はこの所見を「肝細胞癌の典型像」だと記憶していましたが、しかし医学書を読み直し不勉強を悟りました。」
と山本容疑者が証言をして、その本人の証言を覆す周囲の十分な証言が得られないとしたばあい、それは確かに傷害致死罪の立証は困難になるだろう。この点を多くの法律家は指摘するが、

それならば あくまで この件で、

「手術にいたるまで、周囲の意見 専門医の意見 そしてみずから医学書を確認するなどの注意義務を怠った・・・」

という形での手術に至るまでに慎重であるべき診断段階での業務上過失致死罪を考えるべきである。

 報道された逮捕理由をみると、上記理由で傷害致死での立件が困難である可能性も考えて 手術の杜撰さからの業務上過失致死罪でなら立件容易と考えて逮捕したのではないかと思われるが、
たとえば
「手術時の手技ミスで血管を傷つけたが、それに気づかず放置して出血死させた」
 ということでも、それは日常注意していても 残念ながら絶対にありえないことではないので、それで業務上過失致死を振りかざして手術場に警察にのりこまれてはだれも手術しなくなる。
 準備不足についても、どんな手術においても手術室は病魔と戦う戦場であり、時間は限られ地雷もあるわけであるから、その全ての事態に完全に対応する準備をすることは、現実問題不可能であり、いかなる手術においても理論的には何らかの面での準備不足を指摘できてしまう。それで結果が悪くて業務上過失致死を振りかざして手術場に警察にのりこまれてはだれも手術しなくなる。
 さらに術中の操作についても、その時間が限られる戦場における時々の医師の裁量を認めないと かえって危険な場面も多々ある。
  一方専門外なのに手術した云々でも、専門医資格をもっていなくても名手はいるし、逆に資格もっていても・・・どうかな・・・という腕前の持ち主も残念ながらおられる。基準はむずかしい。

 山本病院の事件については、さまざまな報道で、手術の状況が異様であるらしいとは思うが、それでも「手術に対する業務上過失致死」 というものの運用は 極めて慎重であるべきであり これを振りかざされては手術現場が委縮して困難手術が敬遠され国民にとっての不利益になる可能性がある一方、立件側としても各々の面について弁護側に反証され反例をもちだされると、公判が検察側にとってきびしくなり、またこの件では我々外科医が絶対さけたいところの 検察 対 外科医の対立の構図になってしまう可能性すら否定できない。

 一方 血管造影までした血管腫の癌との鑑別の確実性については
 たとえば、日本住血吸虫の卵が門脈枝に多数あってリピオドールが出て行かなかった例で 肝血管腫を肝細胞癌と鑑別できなかった例は一例みつけたが、
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001313739
これは、その鑑別できなかった事が珍しいからこそ論文になっているわけであり、山本病院事件での画像が残っているのならこういった例に該当しない事は明らかであると考える。肝臓の良性腫瘍の中にはFNHとよばれる癌腫と鑑別困難なものも含まれるが、こと血管造影まで施行した血管腫については鑑別は容易である。

従って くりかえすが、あくまで
「血管造影所見まである血管腫 と 癌腫との鑑別」
の故意性を求めて傷害致死罪での立件を目指すべきであり、
それが不利である場合に あくまでもこの診断の件で 

「手術に至るまでの時間に他の医師や専門医や医学書による確認を怠ったという注意義務違反」

を問う形での業務上過失致死罪に切り替えるのがよいのではないかと・・・法律は専門外ながら考える。
これも繰り返すが、その件であれば、多くの医師が検察側の証人に立つのではないかと思われる。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

防災ヘリ 若鮎2 の墜落

なんということだ。若鮎2号・・・このヘリには当院から高次病院に何人も搬送していただいて、何人も助けていただいた。

言葉もない。

・・・・・なんということだ・・・

夕闇迫る中
あるいは雲の谷間を縫って
命を救うために飛んできてくれた・・・
この士気の高い隊員達によって 当地の患者達は何人も救われてきたのだ

隊員達の冥福を祈りたい・・・・


・・・なんということだ・・・・・・・・

悲しい・・・・悲しい・・・・

| | コメント (6) | トラックバック (0)

準備したくても準備できない血液

 ほとんどの一般の方が 輸血は買取り制に変わっており、返品が効かない事をご存じない事を知った。

 かつては輸血用の血液というものは、手術前に念のために多めにオーダーしておいて、大丈夫だったら返品するというシステムであった。また、突然の外傷に対する備えとして 各救急病院にストックもあったものだ。期限近くなったら返品できた。

 しかし、献血量が少なくなったためか、医療費が高くなるという理由からか、輸血用血液は買取り制に変わってから久しい。当然、使用期限はあるが、返品は効かない。

 一方、病院経営も 医療費削減策から苦しくなるばかり、到底 不良在庫をかかえられなくなった。念のために沢山用意しておくということができなくなった。

 かつての制度では 血液を無駄にしすぎる・・・という面もあったのだろうと思う。しかし、本当にすべてが無駄な血液だったのだろうか?
それは かけがえのない命を守るための社会がかけるべき保険だったのではないだろうか? 実際に外傷分野で亡くなっている命はあるとおもう。 自分も悲憤慷慨したことがあった。

 大野病院事件では、止血も致死性不整脈の前に完了しているし、血圧も血色素も保たれていた。したがって血液も実は間に合っていた可能性はあるとおもえるが、誤解とはいえ、一般の関心が輸血に向かっているのなら、この際 この不条理さに目をむけていただきたいものだ。

 献血が増えて 血液の買い取りがなくなって、念のためにの血液もストックできて、 政策的にも医療抑制策から増大策に転じたら、外傷分野でも、もうすこし助かる命はあると思える。

 医師 患者が 手を取り合って、こういう方向に進めば 建設的だと思うし、亡くなった方もすこしは浮かばれる。

それには もろに血液と金が必要だ。

http://www.jrc.or.jp/active/blood/pdf/19toukei.pdf

をみるかぎり、献血量は年々へっている。日赤は人員削減努力をしているが経営は厳しい。返品されてはやっていけない状況だ。

国民の理解があれば なんとかなるかもしれない。

献血は呼びかける。そして経営についてはやはり公費でもっと補助してやるべきだろう。

金の話は 政治の話だ。

もうすぐ衆議院選があるらしいが、 どの党がどんなこというか、よく聞いて
少なくともかならず投票にいくべきだ。

--------------------

返品ができない理由はPL法らしいという指摘をうけた。

つまり、品質の保障ができないから、日赤が拒否・・・

・・・うーーん、 信頼していただけないというのなら、どうにもならない。
でも それで 余裕のある血液供給が絶たれている現実はある。

それならば国家予算的に

1.廃棄費用補助

2.在庫管理、流通管理を施設基準などで保険点数的に評価して
日赤に頼らない病院同士の流通システムの構築を促す

などを提言していこうかと考える

それが実現すると、余分に血液オーダーできるようになって、医療の安全度は増すが、結果的に血液廃棄量増えるので、ここで、初めて献血の推進が意味を持つ。

これらのお金は 医師不足対策用の予算ではないから、やはり毎年2200億円削られていく医療費の中で要求しなければならない。
それでは、医療のどこかにしわ寄せがいくからだめだ。

安心医療に必要な物として これまた別枠で引っ張ってくるしかない。

衆議院選前の各党のマニフェストに推薦したい。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

無罪になったとしても・・・・

大野病院事件では無罪判決がでて、検察も控訴を断念するらしい。

当然であるが、未だに加藤医師への偏見的報道はつづいている。

これには2種類ある。

まず、第一に・・・心洗われると以前の日記に書いたが・・・
実は この判決には事実誤認がある。

http://www.asahi.com/national/update/0820/TKY200808200207.html


この判決の論法は、

「もっとよい方法があったと認められるが、だれもそんなことやってないから過失がない」

ということをいっている。

したがってバッシングの第一は、

「もっと良い方法があったけれどもそれに気がつかずに手術した凡庸な医者である」

という報道だ。 とんでもない間違いだ。

もっとよい方法というのは 

「胎盤剥離途中でやめて子宮摘出すれば出血量は抑えられたと思われる」

と いう部分をさす。

その論拠となったのは 国家試験対策用の本と 帝王切開ほとんどやった事のない教授の弁だ。

ところが、次の文脈で 癒着の剥離を完了すれば子宮が収縮し 止血は期待できる と指摘されている。 で、実際に癒着胎盤例で 剥離を途中でやめて子宮を摘出した例を提示する事が検察はできていないと指摘されている。

そりゃ一例もない筈だ。剥離を途中でやめたら子宮の収縮も不十分で今まで剥離した面から血が出っぱなしだ。子宮も大きいので摘出しにくい。むしろ剥離止めて子宮摘出するほうが失血死の危険が大きい・・・

と 全ての帝王切開に絡む医師達は証言したわけだ。

したがって、

「理論的にこうでも 実際はこうであるから 無罪」

ではなくて、

「最初の理論の方が間違えている。加藤被告は正しい方の理論にしたがったから無罪」

つまり国家試験対策本と帝王切開ほとんどやったことのない教授の方が間違えている というのが正しい。

でも、裁判の上では 無罪になってしまえばどうにもならない。

しかし、これは 剥離を途中でやめて子宮を摘出するのが正しいという学説の論議だ。
とにかく、そういう学説があった。裁判所はそれに従ったそういうことだ。

それなら、学説については学会で否定するのが筋だ。判決確定してからでよい。 だれも癒着胎盤の剥離を途中でやめて子宮を摘出する人はいない。 その実証すら危険である。
したがって、シンポジウムを開いて 正式に否定して 剥離はじめたら最後までやりとおして子宮の収縮を待つのが正しいと結論をだす。 あまりにも当たり前だから、これがやられていなかったのだ。
そして、ガイドラインを作る。

そして国家試験に出題して、堂々と 途中でやめて子宮を摘出するのは誤りとする。

この第一のバッシングについては、こうやって名誉を回復するしかない。


第二のバッシングは

「周囲から高次病院への転院を勧められたのに 大野病院で手術した自信過剰医者」

というイメージだ。裁判で すでに検証されているのにそれがあたかも偽証であるような書き方をするジャーナリストがいる。
余所でやれば助かっていた・・・という感情は あらゆるご遺族に共通するもので、無理のないものだが、事実ではない。そこに付け込むジャーナリズムを嫌悪する。

これは   手術を産科医一人で やった(応援を呼べばなんとかなった)
あるいは 出血中に心停止した
あるいは 帝王切開後前置胎盤が癒着胎盤になる率は高いのに無視した
あるいは 上記を指摘されたのに無視した

などという 全くの事実誤認に基づくものであり、そのイメージを証言の恣意的な引用と噂話と噂話が証言より真実を語るという全くの支離滅裂な論理で読者に植え付け、再発防止策を提言するという姿勢という隠れ蓑をきて今なお 真摯に患者を助けようとした加藤医師をバッシングする下記記事に代表される論調を強く批難する。

http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-12.pdf
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-13.pdf
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-17.pdf

上記は2年前だが、8月28日の朝日新聞の「私の視点」でも 氏の主張は変わらない

判決の日の朝の日経朝刊の下記記事や、判決後のご遺族の談話も上記記事のような考えがベースになっていると思われる。

日経朝刊

・緊急手術ではなかった(対策を取れば取れたはず)
・胎盤癒着の可能性があることは文献からも予見でき、高次医療施設で管理、出産を行うべきとあるが、産科医一人しかいない施設で手術を行った
・相談された先輩医師は「大学病院から産科医を派遣してもらった方が良い」、助産師は「大きな病院に転送すべき」と申し入れたが、被告医師は断った(理由は不明、病院は回答せず)

このような論調をもって まだ真実は明らかではないという論があるわけだが、 しかし、これらの疑問は 裁判でずっと真剣に論議されてきたものなのだ。裁判証言も明らかになっていてそれらを判断された無罪判決が出ている現状で、このような論を公言するという行動は・・・もしも悪意がないのなら混同がある。

助産師や先輩医師が大量出血の可能性を考えたのは、証人の池ノ上教授の証言とおり、帝王切開後の前置胎盤で胎盤が帝王切開の傷跡へ癒着している頻度が高いからだ。これが文献でも示されている部分だ。

しかし、この例は胎盤が後壁に主にあり帝王切開の傷跡にかかっていないと術前と術中に超音波検査で診断されており、事実そのとおりであった。このような例での癒着は「by chance」すなわち偶然によるものであり予見不能であることがこれも前述の池ノ上教授の証言で明らかになっている。すなわち、この病態で加藤医師か高次施設へ転院させなかったのは、当時の産科医療の中では一般的であったことは裁判で明らかになっているのだ。

 従って、大量出血が予見できた、転院させるべきだったと、裁判がおわって証言記録も残っている今なお、主張することは、裁判の証言の恣意的な引用による悪意ある記事ととらえられても仕方がない。気の毒なご遺族もこのような記事によりミスリードされているようにみえる。

実に遺憾だ。

 しかし、帝王切開後の前置胎盤で 帝王切開後の傷跡にかかっていなくてももしかしたら ある程度 癒着頻度が高くなるかも知れない。これは今後 学会でさらに検討していくべき課題だ。

上記の記事の主張が

「加藤医師が慎重さを欠いている」

ではなくて

「当時の産婦人科の常識は慎重さを欠いていたのでは」

ということであれぱ どんなによかったかと思う。
それなら、我々も同じ土俵で話ができた。

じゃあ どうすればいいのかという話になる。
一人医長なんか誰でもなりたくない。
でも二人以上なと言う事にすると、産科医が足りないのだから
それは自動的に 地域からの撤退を意味する。
・・・それが 実は今の状況だ。

前置胎盤の予定手術症例を全例 高次病院でやるというルールにするにしても 高次病院の産科が手厚いかと言えば こちらも人手不足だったりして
パンクするかもしれない。

それも 産科が少ないからだ。

そして、無罪になっても、恣意的引用と不十分な知識と誤解で医師への個人攻撃を繰り返す記事があるとすれば、やはり 産科の志望者は増えないのではないかと危惧されるのだ。

・・・・・また、手術を産科医一人でやっていたという誤解も一人歩きしている。

手術には外科医が手伝いにはいっており、止血には十分であったことも裁判で明らかになっている。手術野にもう一人入ってきたらかえって邪魔であっただろう。狭い骨盤に手がすでに4本だ。 事実 このチームは致死的不整脈が発生する前に止血に成功しているのだ。 手術中応援を呼ばなかった云々ということはあたらない。応援がきたらかえってペースが乱れて、止血できなかったかもしれない。

さらに、大野病院手術チーム 患者の致死不整脈に遭遇する直前にたどり着いたのはどの状況であったかの証言を引用し、いかなる高次病院でもさけられない事態であっただろうことを指摘しておきたい。

繰り返すが、このチームは致死不整脈の前には止血に成功していた。ある意味 高次病院よりも優秀であり 加藤医師はどちらかといえばよくできる医師だ。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%C6%F3%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F2%2F24%29

の後半の 助手に入っていた外科医の証言

-------------

検察:臓器損傷による大量出血はありませんでしたか?

証人:ありません。

検察:臓器損傷は?

証人:ありました。

検察:いくつ、何を。

証人:膀胱だけです。

検察:どのように?

証人:膀胱を損傷したので修復したことがありました。

検察:出血は?

証人:ほとんどありませんでした。

検察:他に傷つけたことは?

証人:子宮断端にガーゼを縫いこんで縫い直したことがあったが、明らかに大量出血の原因となるようなことはありませんでした。

検察:VTとはどういう意味ですか?

証人:死亡する危険性のある不整脈。

検察:いつVTと言われましたか?

証人:子宮摘出後。膀胱を修復して、閉腹しようという時だったと思います。

----------------------

VT始まるまえに止血は完了していた。
大きな出血は子宮摘出時点でなくなっている。

麻酔科医の証言でこの時点で血圧は80以上あり 直前のHbも7以上あったことがわかっている。

つまり、このチームと患者は 本当にゴールできたに等しいところに来ていたのだ。そこに予期せぬ致死性不整脈が襲った。

いかなる高次病院でも この事態は予期せぬ事だ。
救えない。

実際、本当に失血死であったかも 剖検していないからわからない。加藤医師は失血死と語ったが、広い意味ではそうかもしれないが、本当は違うかもしれない(予見不能かつ致命的な羊水塞栓の方が病態にあいそうだ)。

もっと大きいところなら助かったかも・・・というのはご遺族の自然な感情だ。しかし、その感覚を利用して記事をうる、視聴率を稼ぐマスコミは猛省するべきだ。 

再発防止策と 加藤医師の人格批判は関係がない。

再発防止策の隠れ蓑を着て加藤医師を攻撃して記事を売ろうとする人々を軽蔑する。

参考 裁判記録 

宮崎教授

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%BD%BD%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F11%2F30%29

応援に行くかもしれなかった産科医と 手術にはいっていた外科医

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%C6%F3%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F2%2F24%29

岡村教授・・・・途中で応援についての質問を検察が撤回

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C2%E8%B6%E5%B2%F3%B8%F8%C8%BD%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6%2807%2F10%2F26%29

宮崎教授と岡村教授の裁判の評価

http://www.asahi.com/national/update/0820/TKY200808200207.html


・・・・まだまだある。

http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バイスタンダー 救急隊 GJ!!

70才男性が
道端で倒れているところを通行人発見
意識なし 呼吸ない
救急司令の指示に従い
胸骨圧迫開始

救急隊到着
心肺停止確認
VFにて AED作動
ベース医者にオンライン

都合4回 AED作動
胸骨圧迫中断しないままLT挿入
換気良好 
病院到着時3サイクル目のCPR

救急室で5サイクル目になったので
パルスチェック
心拍再開確認
自発呼吸回復

しかし、数分後VF再発 除細動
リドカイン投与

再び洞調律再開確認 血圧140台
瞳孔反射 回復
自発呼吸安定
心電図上 心筋梗塞疑い

根治的治療めざし ドクターヘリ要請

ヘリに受け渡す時、うっすら開眼

15分後大学屋上到着 救命センター搬入

心カテで一枝病変99%狭窄 発見 心筋梗塞確定 この支配領域からの致死性不整脈が発生していたものと推察。 再開通成功

脳保護のために低体温療法スタート
肺炎発症するも治癒

そして先日、歩行にて退院された。

うれしい!! うれしい!!

第一発見者は 救急車が来るまで、消防司令の指示に従って、とにかく胸をおしてくれていた

救急隊は現場で2回 搬送途中 2回 除細動をかけた 当院救急室で心拍再開確認

当院では またもや再発した心室細動に対して除細動をかけた。心拍再開確認するとともに薬剤の持続点滴にて不整脈安定化し 心電図にて心筋梗塞と診断、ヘリ要請とともに、移送にそなえて気道確保をLTから気管挿管に切り替えた。

大学では 心筋梗塞に対して根治的治療を行うとともに低体温法にて脳を保護した。

どれ一つが欠けても この人は助からなかったか 寝たきりになっていた。

思えば この瞬間のために 当地での救急体制を整えてきたようなものだ。

うれしい、うれしい!!

最初に胸をおしてくれた人がいる施設に電話をかけた。よくぞ押してくれた!!
当人はいなかったが、電話の向こうの同僚の声は 弾んでいた。

----------------------------

救急隊の活動は メディカルコントロールの事後検証では
「標準的活動」
にチェックがはいるだろう。これが最高評価なのだ。
できてあたりまえ・・・ということだ

しかし、私は・・・

GJ !!

私は いつも欄外に 大きく そう記載している。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

夢物語

やっと低医療費政策批判が 新聞社に報道された

http://cc.msnscache.com/cache.aspx?q=8339385262979&lang=ja-JP&mkt=ja-JP&FORM=CVRE

http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/crisis/archive/news/20070123ddm001100103000c.html

今まで偏向した報道ばかりしてきたこの新聞社にしては上出来だ。
しかし、これは医療崩壊が都市部にやっと波及したからであろう。結局のところ、各新聞社の本社は都市部にある。

しかし、有能な医師が医療を放棄していった「本当の理由」に思い至るまで、まだまだ時間がかかるのだろう。

事ある毎に 人様の日記に書きこんでしまっている。迷惑をかけているががとにかく、地道にやっていくしかない。

本当の事なのだから、いつかわかってもらえる時は来るはずだ。
でもその時まで何人の命が失われていくのだろうか。

夢物語だが、
もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは高い給与などではない。

望みは、身の保証だ。

たとえば
ある条件下での医療関連死における刑事訴追の免責の保証。

ある条件とはたとえば、同意書の存在だ。 

ここに死亡可能性が明記されている.それは操作ミスの可能性も含んでいるわけだが、その上でいちかばちかチャレンジしないと100%の死がまっている.

その中で患者様が同意してチャレンジしてきた.

その結果死に対して
交通事故と同じ刑事罰の業務上過失致死というのはおかしい。

我々は人間だから、絶対にミスをする。
それによって常に患者様を死なせる可能性がある。
決してやりたくてミスしているわけではない。

給与が3倍になっても、それで刑事に問われてはみわない。それが甘えだというのなら、皆 人間だから止める。治療は神様にお願いすればよろしい。

それが 今 おきている医療崩壊なのだ。

一方、患者サイドにも、まずは無過失保証を整備する。さらに迅速に対応する専門家による第3者機関を設けて迅速に医療過誤を判定して救済する。
もしも 医療費が増えるとして、我々の給与よりも、こういった方面に使っていただく方がよい。

医師への処分は、それが専門家による審査の結果であれば甘んじて受ける ・・・

これは、大事だ.

科学的真実がただ感情や社会情勢でねじ曲げられる事があってはならない.それは中世の宗教裁判と同じだ.

警察がまったくの無知蒙昧で科学的真実を尊重する意志もなく信じられないことは大野病院の事件を初めとする警察の対応でわかってしまった.

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20070126k0000e040046000c.html


http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/kenko/news/20070126ddm002100029000c.html


最近、堀病院や、奈良県の大淀病院の事例で、検察警察にも医療の実情を考慮した知性ある判断が示されているようであるが、おそらく産科に代表されるリスキーな分野の医師達は、この大野病院の事例の無罪が確定し、さらに警察検察の専門家意見を聞かないままの暴挙に対して、再発防止のための責任者に対する厳正な処分人事がおこなわれないかぎり現場にはもどらないだろう。

奈良県大淀病院での事例については、子癇失神→異常高血圧→脳出血のながれで亡くなった訳だが、素人は脳出血を子癇と誤診したと未だに信じているのではないか?.脳出血の時点で 脳外科的処置ができないあの施設で、構造的に遠いCT検査室までCT撮りにいっていたら妊婦だけではなくて、酸素投与がおろそかになりがちな検査室への移動や検査中において胎児まで死亡、あるいは障害を残ししていた可能性があるが、素人はいまだにCTとればなんとかなったと信じているのではないか・・・.不幸だが、どうにも救命できないことはある.そこで次善の策をとる. 彼は本能的に子供を救ったのだ。
このような高度判断の評価には、専門家の目が必要だ.前述のように大野病院事件に至っては、産婦人科の意見など聞かないまま起訴していると弁護側は指摘している.

そこで、利害関係をもたない第3者の専門家委員会の創設だ.これをなんらかの方法で機能させないといけない.
正直なところ、このような対策をしないとリスキーな分野に医師はもどってこない。


・・・もしも

夢物語だが、
もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは高い給与などではない。

望みは医業に専念できることだ。

たとえば、カルテがIT化されても、事務の負担が減っただけで、我々は事務の代行をしているに過ぎない。世の中は、それがあたかも美徳であるが如く、医師の雑用を増やしてきた。患者様の目をみられない。パソコンのモニターを睨んでいなければならない。

それは、医師が悪いのか?どこか間違えていないだろうか? 変革の方向は、我々が患者様に向かう時間を増やす方向であってほしい。

また、お役人が創設した煩雑な書類が多すぎる。

それが必要な物なら医業秘書を整備して我々は書類に目を通してサインする。 医業秘書を雇用すれば点数が加算されるような制度。 これにより、我々の注意力は飛躍的に目の前の患者様に向くし、患者様にも御家族に説明できる時間は増える。

もしも 医療費が増えるとして、我々の給与よりも、こういった方面に使っていただく方がよい。 医療秘書の人件費だ。

正直なところ、このような対策をしないとリスキーな分野に医師はもどってこない。

・・・もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは 高い給与などではない・・・

| | コメント (2) | トラックバック (1)

医学生よ、研修医よ、地域医療をなめるな

前回の「地域医療への処方箋」に対して

某所でコメントをいただいた。

進路について自分の希望がかなえられなければ無医村にでも行こうかと考えている医学生がいるとのこと。

あるいは、もうすぐ、都会の病院で医師があふれるから、自然に地域にはじき飛ばされてくるだろうという意見も聞く。

私は申しあげたい。

「無医村をなめるな!!」

と!!!。

無医村赴任の医師にはそれこそ適性が必要だ。

 地域だから、僻地だから 医療が出来なくていいだろうという、間違えた考えは厚生労働省から持っていると思われる。

それが証拠に、くだんの開業要件騒ぎの時に、僻地で開業する場合はその限りに有らずという文言がみられた。

地域医療の経験がなく、専門ばかりやってきた人が地域で開業するのは大変に危険で迷惑で、地域の人々を馬鹿にした話だ。

また、都会から弾き飛ばされた医師で足りるだろうという考えも同様だ!!

地域だから、低いレベルの医療でよいと考える人は医師失格だ。

設備がないからこそ、明晰な頭脳と診察力と そして直感にも近いものも用いながら、都会と同じレベルの医療を提供しようと頑張らなければ、本当に奈落の底に落ちていってしまう。

その直感について、亡き父は 
「医師としての真の直感は、修練と責任感に宿る・・・」と死の前日に私に言った。

確かにそうだと感じる。

修練と責任感に裏打ちされた品格こそが、地域医療に必要であり、またそれは大病院のリーダーとしても相応しいものだ。

15年-20年後、今の研修制度の中の研修医達に対して、地域医療経験を都道府県立病院副院長以上の要件にするという先の私の案はそういった積極的意味合いもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地域医療危機への処方箋

クローズアップ現代の再放送をみた.
お隣の町のS病院の苦悩も紹介されていた.

地域から医師がいなくなるという状況は、
卒業生が研修病院を自由に選べるようにする・・・という
臨床研修制度がスタートする時点で
一生懸命、医局が訴えてきたものであるが
こんなこと、夢にもおもわなかったのだろうというコメントに噴飯した.

実は医局は困らない.地域への派遣をやめて大学に人を戻すだけのことだ.
困るのは自治体ですよ.自治体が臨床研修制度に反対しないとだめですよ・・・といってきたのに、自治体はなにを勘違いしていたのだろう.

対策について、地域医療の魅力を医学生に訴える・・・などといっていたが 本当に馬鹿げている.

地域医療を志す人は確かにいる.でもニーズはその何十倍も大きいのだ.
医師として志をたてた以上、よい設備で最高の医療を提供し勉強していきたいと考えるのは極当然の事だ.

問題の本質は 地域への赴任というものが
「負け犬」
と思われていることなのだ.

医局から派遣されてる場合は、博士号のために教授の言うことを聞くとか、すぐにまた代わりが来る・・・ということで医師自身が自分を納得させていたのだ.
それが自由化されたら、医師は意地でも地域には赴任しない.

地域医療に価値がある・・・のは本当であるが、説得する労力にみあった結果はえられないだろう.

私は2年前から、自治体が以下をとりきめればあっというまに解決するといってきた.

「15年後の都道府県立病院の副院長以上は地域医療の3年以上の赴任履歴をその要件とする」

厚生労働省にもmailしたが、しばらくして彼等のだしてきたのは開業の要件とする・・・というもので、あっというまにつぶされてしまった.それはそうだろう・・・

都道府県立病院の副院長以上は 地域隅々まで見通す視点を必要とする.
岐阜県でいえば9名のポストだ.
この内規の公表だけで、地域への赴任を1つのエリートコースとして若い医師は見てくれる.そして3年たっても、すぐに次の希望者はみつかるだろう.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧