「ネットで暴走する医師たち」にみる矛盾

以下の文を書いてみた。
長くなってしまったが、私はマスコミが、その特徴によって 無罪となった医師の名誉を毀損しつづけることに我慢ができないのだ。


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「ネットで暴走する医師たち」にみる矛盾
---------何故 医師達はネットで熱く語らなければならなくなるのか--------

 はじめに
「ネットで暴走する医師たち」(以下本書)という本を購入してみた。著者の鳥集氏は医師ではないが、それなりに一生懸命勉強されているのだとは感じる。しかし、悲しいかな、この本の中には都合の悪い事は書かない(書くスペースがない?)あるいは言わない(言う時間がない?)というマスコミ特有の欠点が図らずも明らかになってしまっている部分があり、かえってネットで医師が熱く語らなければならない理由が浮き彫りになってしまっている。
 個人への誹謗中傷など、別にネットでなくても、そして医師でなくてもしてはならないことであり、それに関しては論を待たないところだ。問題は、医師たちのネット上でのアクティビティの高さの背景に怒りがあることであり、その部分の考察がないかぎりは、真の解決にはならない。本書の目的が医師達に自省を促すものであるというのなら、本書そのものが恣意的な引用あるいは省略によって明らかに事実と違った部分で医師の名誉を傷つけており、そして、出版される事で反論の機会を奪われているという現実から、やはりネット上で意見を表明しなければならないことを指摘するとともに、著者自らの事実誤認を産科の集約化論にすり替える事でカモフラージュしている可能性を指摘したい。著者は謝罪するべき所は謝罪するべきと考える。

 目的 
大野病院事件(以下本件)の本書を例に、「ネットで暴走する医師たち」に 恣意的な引用あるいは省略により医師の名誉を反論不能な出版という形で世に広めていると疑われる部分があり、この事が ネット上の医師達の怒りを増大させ、患者と医師との距離をますます広めている可能性を指摘する

 方法 下記資料をもとに本書で恣意的な引用あるいは省略によって加藤医師の名誉が意図的に傷つけられている可能性が高い事を指摘する

 資料1から5について

 資料1としては、まず「ネットで暴走する医師たち」WAVE出版 そのものである。2009年1月1日発行とされているが、文中の著者のあとがきの日付は2008年11月10日とあり、少なくともこの時点では修正が可能であった事を伺い知る事ができる。

 資料2としては大野病院事件(以下本件)で確定した判決の全文である。
これは医療判例解説 第16号(2008年10月号)に記載されており、著者は本書を脱稿するまえにこれを読むことができた。本書の内容からは、出版する以上は当然目をとおすべき性格のものであろう。
この全文の写しは
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/10/post-5158.html
に掲載されており読む事が出来る。

資料3
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-12.pdf
資料4
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-13.pdf
資料5
http://www.yuki-enishi.com/accident/accident-17.pdf

資料3から5は裁判判決前に著者が論座に書かれた文である。
資料3が2006年7月発行
資料4が2006年8月発行
資料5が2008年9月発行であるが、文中では判決前に書かれているものである事がわかる。

検討
----不都合な真実を隠蔽しているのはどちらであろうか----

1. 本件における癒着胎盤の頻度について
資料1 の本書の119ページによれば、分母を全分娩にすると数千分の一という癒着胎盤は前置胎盤を分母にすると5%程度の頻度となり、さらに帝王切開を一回施行している例では24%に達するという記載がみられている。
 これは正しい、判決文冒頭の事実認定で、被告人がW県立医大で学んだ内容として「前回帝王切開創に胎盤がかかっている場合の癒着胎盤の発症確率は24%」と記載されている。 

 しかし、著者の記載はここまでである。つづく判決文の「患者が35歳未満で、後壁付着である場合の癒着胎盤の発症確率は3.4%であると学んでおり、本件手術の際にもそのような認識であった。」については記載がない。

 著者は、この著作執筆時点では後壁付着における癒着頻度の低下についての認識がなかったのであろうか・・・? いや、そんなことはない。資料3をご覧いただきたい。この115ページから116ページにかけて氏の素人離れした勉強ぶりがうかがえる記載がみられる。ここには後壁付着の場合は前壁付着よりも癒着頻度が下がるであろうという内容が書かれている。何故、氏は帝王切開既往前置胎盤全体での頻度24%のみを記載し、この後壁付着である場合の癒着胎盤の発症確率3.4%を本書に記載しなかったのであろうか?

2. 前壁癒着か後壁癒着かについては結論がでていない???

いずれにしても氏は、胎盤の癒着範囲と程度とが重要な争点である事は認めている。本書121ページには検察側 弁護側 双方の主張が併記されている・・・ところがこれについては判決文において結論が出ているのにそれについては言及されていないのだ。本書のあとがきを書いた11月20日にはその判決文を読む事ができたにもかかわらずだ。

資料2を見ていただきたい。

「5 結論
(1)本件胎盤は、子宮に胎盤か残っている場所 (本件患者から見て後壁右側)を含む子宮後壁を中心に、内子宮口を覆い、子宮前壁に達していた。後壁は相当程度の広さで癒着していたが、前回帝王切開創部分を含め、前壁に癒着があったことを認めるには合理的な疑いがある。

(中略・・・標本における具体的な胎盤の存在部位)

(2)癒着の程度は、嵌入胎盤であり、胎盤が残留し、かつ、最も癒着深度が深い子宮標本の断面を利用して計測した結果、絨毛の深さと子宮筋層全体の幅が約1対5程度であることが認められる。」

これは、弁護側の主張を認めた結論である。合理的な疑いがあるというのは、なかなか判決文に慣れていないものには解りがたい表現であるが、その後に書かれている(2)被告人の本件手術開始後の予見、認識の項で、「前述のとおり、子宮前壁に癒着胎盤の存在は確認されていない。」と記載されている。つまりはそういうことである。

  何故、氏は 検察側と弁護側の主張をならびたてただけで、この一番重要な「判決において認定された事実」を記載しなかったのであろうか?
  
 氏は 同じページで、「いずれにしても加藤医師を支援するグループは声明時点で癒着範囲や程度について知る人はいなかったはずだ」と述べている。それは、そうだろう。しかし、氏は、無理からぬこととは思うが、重大な事を見落としているのだ。つまり超音波検査のプローべを持つ者ならだれでも解る事、すなわち「癒着しているかどうかは、そりゃわからんだろうが、胎盤の付着位置くらいはわかるわな・・・」ということなのだ。そもそもが、胎盤の付着位置が解らないのであれば前置胎盤という診断そのものが成り立たないではないか。
   
3. 本書によって 読者が加藤医師について持つであろうイメージと 判決の事実認定との差異について

このように、本書では、すでに判決全文が入手できる時期でありながら、帝王切開既往前置胎盤での全体の癒着可能性24%のみ記載し、胎盤癒着範囲と程度について検察側と弁護側の両論を併記しただけで、記載を終わっている。

これによって、読者は加藤医師についてどのようなイメージを持つであろうか

「1/4もの癒着可能性を知りながら、先輩医師や助産師の助言を無視して輸血準備のない所で手術を強行した馬鹿医者」

と、いうことになるのではないだろうか?

しかし、確定した判決文で 認定された事実は違う。加藤医師に術前での胎盤癒着可能性の認識はこうだ
「 イ 以上の事実経過に照らすと、被告人は、検察官調書で述べるとおり、本件手術直前には、本件患者から見た場合に、胎盤は左側部分にあり、前回帝王切開創の左側部分に胎盤の端がかかっているか否か微妙な位置にあると想定し、本件患者が帝王切開手術既往の全前置胎盤患者であることを踏まえて、前壁にある前回帝王切開創への癒着胎盤の可能性を排除せずに手術に臨んでいたが、癒着の可能性は低く5%に近い数値であるとの認識を持っていたことが認められる。」

検察主張ですら、5%であり、これは前述の前置胎盤全体を分母としての癒着胎盤発生率と等しい。そして、さらに開腹後再度子宮に直接超音波プローべをあてて診断して、帝王切開し、事実 前述のように前壁には癒着組織はなかった。すなわち帝王切開創は前壁にあるのであるから、帝王切開創への癒着はなかったのである。
   
どうして、氏は検察主張よりもさらに高い数値である24%の危険率がある認識していたというイメージを読者にあたえるような記載をしてしまったのであろうか。

 ここからは推察でしかないが、資料4.5をみると、どうも氏は医療側がなにか事実を隠蔽しているという記載をしたがっているようにみえる。かつてのステレオタイプの医療報道そのものともいえる。そして助産師や先輩医師の言を明らかになった真実などという主張をしている。どうもここに無理があるように感じる。

 真に明らかになった真実とは、加藤医師が一般的な帝王切開既往前置胎盤の癒着メカニズムからこの症例が外れる事を診断して、事実そのとおりであったこと。そしてそれでも傷痕への癒着可能性を少ないながらも警戒し慎重に事を運んでいたことなのだ。よって先輩医師は納得し、助産師の言は否定可能だったのだ。胎盤剥離操作のみに裁判の焦点があたったという主張をみるが、資料2の第6をみれば、被告人の大量出血に対する予見可能性について十分に検討されている。その上での無罪なのだ。

 著者にとって 不都合な真実とは この判決文全文そのもの、そしてそこに認定された真実なのではないだろうか。

 引っ込みがつかなくなって 恣意的な引用と省略をしてなお、「1/4もの癒着可能性を知りながら、先輩医師や助産師の助言を無視して輸血準備のない所で手術を強行した馬鹿医者」というイメージを反論不能な出版という形で読者にあたえつづけるというのなら、氏は自分のためだけに産科崩壊に手を貸していると批判されてもしかたがないのではないか。 ネット上の個人への誹謗中傷を批判するという隠れ蓑を着て、かつての自らの過った認識を謝罪しようともせず垂れ流しているといわれても仕方がないのではないか? 産科の集約化云々という御遺族の言はそのとおり。ところが そこが正しいという論を隠れ蓑にして、自らのかつての過ちをカモフラージュしようとしてはならないとおもう。

 本書の執筆中に判決全文を読むことができなかったという言い訳は通用しない。脱稿したであろう11月30日にはこれを読むことができた。本書の主張とは違った部分の批判だという論はあたらない。加藤医師の名誉はどうなる? その個人の名誉を棄損したまま反論不能のまま出版することこそが ネットで医師が熱く語らなければならない原因になっているからだ。

結論 
-------本書は逆効果だ--------

 本書の大野病院事件に対する記載は、恣意的とも思える引用と省略によって読者に「加藤医師は1/4もの癒着可能性を知りながら、先輩医師や助産師の助言を無視して輸血準備のない所で手術を強行した馬鹿医者である」というイメージを与える事に成功していると思われる。それは裁判判決全文において認定された事実と異なっている。このイメージの元、氏はかつての自分の著作の正当性をもたせようとしているようにすら読める。

そもそも、資料2 の判決文全文は

1.一般的には こういわれている

2.しかし、この場合は こうであった

3.従って無罪である

と、いう論法で貫かれている。 予見可能性についてもそうであり、術中操作についてもそうである。

 ところが、本書は 「一般的には こういわれている」の部分はしっかり書いてあるのだが(先輩医師の助言や助産師の言葉もその中に含まれる)、「しかし、この場合は こうであった」 の部分は書いていないか 著しく弱いのだ。

 そうすると 読者は 「従って無罪である」 の部分が どうしてだ・・・ということになるし、そして検察の控訴断念がどうしてだ・・・ということになる。

 それに対する氏の見解が 本書の143ページ 「検察が控訴を断念したのは、医師側の反発に配慮したのと 検察の主張に添う証言をしてくれる周術期の専門家がもはやいないと判断したからと私は考えている」 と、いうことなのだ。すなわち、医師側の圧力をほのめかす記載をされていることになる。 これでは、やはり医師らはネットで真実を叫び続けるしかない。

 ジャーナリストにこんな姿勢がある限り、医師達はネット上で反論するしかなくなる。この本の狙いとしている・・と氏が主張していることとは裏腹にただただ,ネット上に燃料を与えていることになってしまう。

 産科の整備は当たり前に皆が望んでいることだ。その大義名分を隠れ蓑にしての、今なお仕事をしている加藤医師に対するこういった誤ったイメージの流布は許されるのであろうか。氏にはここは 勇気をもって自分の誤りを認めていただきたい。だれだって間違いはある。

おわりに.  -------では どう書けばよかったのか。----

「 裁判所は低いといったが、癒着胎盤5%の確率というのは無視できないと思う。すべての前置胎盤の帝王切開は血液が豊富な高次施設でやったほうがよいのではないか・・・・・・」

 24%などとほのめかすことなく、 最初から たったこれだけのことを 正確に書けばよかったのだ。

 事件当時の常識はともかくといて、医師達も耳を傾ける記載になっただろう。実は加藤医師も判決後のインタビューでその類の発言をしていたとおもう。
 それを不思議な引用と省略をするから、私も ここまでくどくどと書かなければならない。

 付け加えるなら、医師の予見可能性については 判断されていないとする判決前後の当初の世論は、判決要旨のみをみたからだと思われる。

いまや 判決全文が入手できる。

そこには 加藤医師の予見可能性について、詳細な考察と検討がなされているのだ。 大野病院事件について語るつもりで、かつ、この確定された判決全文が手に入る状況にあったのなら、その言わんとするところをよく理解して語らなければならないのではないか。

今、この著作によって 加藤医師の名誉は毀損されていると考える。それもマスコミの恣意的引用と省略報道による医師のイメージダウンという、医療崩壊の真の原因によって行われている可能性がある。

看過できないことだと思う。

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