僻地救急外科

東海3県の地域医療研究会があるというので行ってみた。

高校生や医学生の内から合宿をするなど、地域医療に興味をもっていただくための試みが紹介されていたが、気になるデータがあった

合宿前後では たしかに平均でみれば地域医療に興味をもつ方はふえていたのだが、逆に興味を失ったと答えるものが存在し、その割合は高校生よりも医学生に多かったのだ。

そこで発表者に これらの医学生に共通した特徴はあったか聞いてみた。
そのデータはもっておいでではないとのことであったので、追加の研究を依頼した。

実は 発表を聞いていて なんとなく思い当たる所があった。
前回 学生たちに話した内容に関連がある
http://bassisha.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-e286.html

地域医療 特に僻地になると、老人人口の割合は多い
であるから、地域医療が上手くいっているかの評価ポイントで、在宅での看取りがどれだけ増えたか というファクターがしばしば用いられている。
参加した研究会でもそうであった。勿論 大事な事である。

しかし、そのような地域であればこそ、若い方々はなけなしの存在であり、いや、そうでなくても、危機的救急疾患や事故に対して これらの方々を少ない医療資源の中、センスと技術と他院との連携をもって救命し、社会復帰させることはあたりまえに重要なのだ。
 救命医を積んでくるドクターヘリは夜間や視界不良時飛ばないし、救命士は臨床的心停止まで輸液も薬剤投与も気管挿管もできない。外傷では臨床的心停止までいたってしまえばまず社会復帰は無理だからそれまでになんとかしなければいけないし、他の疾患でも心臓が止まってからの蘇生ではあたりまえに社会復帰の可能性は減る。
 だから僻地赴任の医師達は少ない医療資源の中、センスと技術と他院との連携をもって救命し、社会復帰させることにも精通しなければならない。だからそれにも取り組んでいる存在なのだ。 

 あまりにあたりまえすぎて、この事が地域医療を語るなかであまり触れられないのではないだろうか。しかし、医学生の中には ブラックジャック志向やドクターコトー志向の人はいると思われるので、そこで在宅看取りを評価ポイントとする地域医療合宿をすると かえってモチベーションが下がってしまう部分もあるのではないかともおもえる。

 一番 近いもので救急科だが 救急医学会をみていると たしかに時間的な余裕がない系だが、そこに医療資源をつぎ込んで 助かりそうもない人が助かりましたという話を 都市部の救命センター達が発表しあっている感がある

 外科学会にいくと、同じように豊富な医療資源をもって 取れそうもない癌が取れました・・・あるいはこの術式で生存率が上がりました・・・あるいは豊富な症例数をベースにした抗癌剤の検証を行っているように見える。

 そして、地域医療学会にいくと、在宅医療の成果として在宅看取りを評価ポイントの一つにする世界がある。

 そうなると、ブラックジャックやドクターコトーの世界のような 僻地救急外科をかたる受け皿というものがないような気がしてくる。どこで話しても 特殊世界の話なのだ。

 いっそのこと 僻地救急・外科研究会 などというものでも立ちあげようかという気もしてくる。

 そんなことを考えていたら、こんどは私が質問した相手から自分の地域で研究会をするので50分程講演してもらえないだろうかというmailがきた

そこで、学生むけに話した
http://bassisha.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-e286.html...
の外科医に そのまま僻地赴任医師にさしかえて話してみた。

それでも当然成り立つ話であった。

参考にして救急システムを変えてみた。それとは別に皆なにやら元気になったとの お礼のmailが来た。
その地域で救える人が増える事を祈っているし、僻地地域医療に携わる方々がさらに誇りを持って働けるような世界が来る事を祈っている。

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学生向けプレゼン

外科の入局者を増やすためには
学生の内から興味をもっていただかないと・・・・

と、いう話になった。関連施設の様子など話すとよいのでは・・・とのこと。

当医局では はじめての試みだが、学生向けセミナーを開催する事になった。 会議には参加していて、それはよいと賛成した。

しかし、なぜかトップバッターは私であった 40分くらい話せという。

くたくたと 当院の取り組みと生活の様子などこしらえたが・・・
想像以上に気疲れした。 やっと完成したが・・・いったいなにが学生に享けるのかわからない。

書いている内に おもしろい発見もあった。

僻地地域での外科医のモチベーションは 限られた医療資源の中で技術とセンスをもって重症患者を最終的に救命してみせることから発生する。

・・・どうも、心の中に住んでいるのは「ブラック・ジャック」らしい。

 ブラック・ジャックのマントの中には清潔を度外視した諸般の道具が入っている・・・これが 限られた医療資源に相当するものだ。
 彼は、必ずしも自己完結では治療しない。しばしば大施設までの応急処置で患者を救命する。これは僻地地域の実情ににている。

学生にわかるか不安だが、とにかく話してみた。

結果 当科を研修先 に選んだ学生は倍増したとのこと。
結構 ブラックジャック や ドクターコトーを志向する人はいるのかもしれない。
ただ、もともと少ない人数ではある。

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夢物語

やっと低医療費政策批判が 新聞社に報道された

http://cc.msnscache.com/cache.aspx?q=8339385262979&lang=ja-JP&mkt=ja-JP&FORM=CVRE

http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/crisis/archive/news/20070123ddm001100103000c.html

今まで偏向した報道ばかりしてきたこの新聞社にしては上出来だ。
しかし、これは医療崩壊が都市部にやっと波及したからであろう。結局のところ、各新聞社の本社は都市部にある。

しかし、有能な医師が医療を放棄していった「本当の理由」に思い至るまで、まだまだ時間がかかるのだろう。

事ある毎に 人様の日記に書きこんでしまっている。迷惑をかけているががとにかく、地道にやっていくしかない。

本当の事なのだから、いつかわかってもらえる時は来るはずだ。
でもその時まで何人の命が失われていくのだろうか。

夢物語だが、
もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは高い給与などではない。

望みは、身の保証だ。

たとえば
ある条件下での医療関連死における刑事訴追の免責の保証。

ある条件とはたとえば、同意書の存在だ。 

ここに死亡可能性が明記されている.それは操作ミスの可能性も含んでいるわけだが、その上でいちかばちかチャレンジしないと100%の死がまっている.

その中で患者様が同意してチャレンジしてきた.

その結果死に対して
交通事故と同じ刑事罰の業務上過失致死というのはおかしい。

我々は人間だから、絶対にミスをする。
それによって常に患者様を死なせる可能性がある。
決してやりたくてミスしているわけではない。

給与が3倍になっても、それで刑事に問われてはみわない。それが甘えだというのなら、皆 人間だから止める。治療は神様にお願いすればよろしい。

それが 今 おきている医療崩壊なのだ。

一方、患者サイドにも、まずは無過失保証を整備する。さらに迅速に対応する専門家による第3者機関を設けて迅速に医療過誤を判定して救済する。
もしも 医療費が増えるとして、我々の給与よりも、こういった方面に使っていただく方がよい。

医師への処分は、それが専門家による審査の結果であれば甘んじて受ける ・・・

これは、大事だ.

科学的真実がただ感情や社会情勢でねじ曲げられる事があってはならない.それは中世の宗教裁判と同じだ.

警察がまったくの無知蒙昧で科学的真実を尊重する意志もなく信じられないことは大野病院の事件を初めとする警察の対応でわかってしまった.

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20070126k0000e040046000c.html


http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/kenko/news/20070126ddm002100029000c.html


最近、堀病院や、奈良県の大淀病院の事例で、検察警察にも医療の実情を考慮した知性ある判断が示されているようであるが、おそらく産科に代表されるリスキーな分野の医師達は、この大野病院の事例の無罪が確定し、さらに警察検察の専門家意見を聞かないままの暴挙に対して、再発防止のための責任者に対する厳正な処分人事がおこなわれないかぎり現場にはもどらないだろう。

奈良県大淀病院での事例については、子癇失神→異常高血圧→脳出血のながれで亡くなった訳だが、素人は脳出血を子癇と誤診したと未だに信じているのではないか?.脳出血の時点で 脳外科的処置ができないあの施設で、構造的に遠いCT検査室までCT撮りにいっていたら妊婦だけではなくて、酸素投与がおろそかになりがちな検査室への移動や検査中において胎児まで死亡、あるいは障害を残ししていた可能性があるが、素人はいまだにCTとればなんとかなったと信じているのではないか・・・.不幸だが、どうにも救命できないことはある.そこで次善の策をとる. 彼は本能的に子供を救ったのだ。
このような高度判断の評価には、専門家の目が必要だ.前述のように大野病院事件に至っては、産婦人科の意見など聞かないまま起訴していると弁護側は指摘している.

そこで、利害関係をもたない第3者の専門家委員会の創設だ.これをなんらかの方法で機能させないといけない.
正直なところ、このような対策をしないとリスキーな分野に医師はもどってこない。


・・・もしも

夢物語だが、
もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは高い給与などではない。

望みは医業に専念できることだ。

たとえば、カルテがIT化されても、事務の負担が減っただけで、我々は事務の代行をしているに過ぎない。世の中は、それがあたかも美徳であるが如く、医師の雑用を増やしてきた。患者様の目をみられない。パソコンのモニターを睨んでいなければならない。

それは、医師が悪いのか?どこか間違えていないだろうか? 変革の方向は、我々が患者様に向かう時間を増やす方向であってほしい。

また、お役人が創設した煩雑な書類が多すぎる。

それが必要な物なら医業秘書を整備して我々は書類に目を通してサインする。 医業秘書を雇用すれば点数が加算されるような制度。 これにより、我々の注意力は飛躍的に目の前の患者様に向くし、患者様にも御家族に説明できる時間は増える。

もしも 医療費が増えるとして、我々の給与よりも、こういった方面に使っていただく方がよい。 医療秘書の人件費だ。

正直なところ、このような対策をしないとリスキーな分野に医師はもどってこない。

・・・もしも、医療費がふやしていただけるとして、リスキーな分野の医師たちが望むのは 高い給与などではない・・・

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