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勤務医順法闘争

 日本の医療は終わった.脳死だ. はっきり、数字にあらわれる小児科とか産科とかで世の中あわてているが、実はすべてのリスキーな分野で終わっている.

 例えば、肝臓外科の達人達、無記名でアンケートとってみればよい. 「あなたは術中死の経験がありますか?」 とね. 経験が多ければ多い人ほどyesと答えるのではないだろうか.切除不能かもしれない癌でも彼等は藁をもすがる患者さんのためにチャレンジしてきた.その結果だ. しかし、彼等はその数百倍の同様症例の人々を助けてきた.  術死のデータは公表され積み重なって、そして後の教訓となって、医学を支えてきた.今の人々が享受している先進医学は御先祖様達の貴い犠牲の上になりたっている.  

 今は術死はどうなるかというと、異状死として届け出て、病院は保身のため術者を警察に突き出す.福島県の大野病院での産婦人科医逮捕事件をみていると、学会がおかしいと声明をだしているところの医学的に不可思議な理由によって起訴され、マスコミは医療ミスとして報道し 術者は社会的に抹殺されてしまう(癒着胎盤が予見可能とする起訴理由が本当にこれだけなら、この事件は断じてミスではない。どれだけ画像診断を駆使しても予見可能な癒着胎盤などないのは日本最高権威の産婦人科学会も指摘しているところだ。)。

 その結果が、自分達の信念によるものならよいのだが、我々には妻子もいる.これらを自分の信念の犠牲にするわけにはいかない.  だから、最初から、患者様に求められても、危ない手術はやめにしようということになる.世の中から達人は消滅し、世界一を誇る日本の外科技術は終焉を迎える.今までなら助かってきた人でも諦めてもらうしかない.

 おそらくはもう、既にこの現象は起きているけれども表にでない.  世の中がそれに気付いても、もう達人達は引退し、危ない手術の分野は初心者の手により、また屍の山を築きながら進むことになる. 気 の毒なのは、今までなら手術してもらえて、生存可能性があった患者様と、再開したときに 技術の伝承が不十分であることが原因で術死していく患者様達. 多分、それも医師が悪い事にされる.

 僕達は、命を救うと言う崇高な理想をもって医師になった.だが、残念ながら生まれた国と時代が悪かった.諦めよう・・・難しい手術は断ってしまおう・・・理想を諦めきれればだが・・・・  産科など、厚労省は報酬をあげるだの、主婦になった人を呼び戻すだのいっているらしい.AHOKA!! 今まで安定した生活をしているのに、わざわざ社会的に抹殺される可能性のある現場にもどる主婦がいるものか!!どれだけお金積んでもだめ.

 問題の本質は、医師を悪者にする記事の方が売れてしまう、世の中の風潮にあるが、今をさること70年前も、好戦的な記事の方が売れてしまう風潮があって、マスコミもそれに乗っていた.その結果がどうであったかは語るまでもない.その頃と全く変わっていないようだ. 医療は既に死んでいる.

  大病院にいて、このままでは過労死するな・・・とおもっていたところで転勤して、命救われた. ちなみに、僕の後任医師は、当直中に当直室で首を吊って自殺した. 遺書の内容については知らないが、場所がなによりのメッセージだ. 救急外来は、コンビニと勘違いしている慢性疾患であふれ、医師には宿直明けの休みもなく、普通の手術があり、また事故も起きかねない. それは不可思議な理由で宿直が勤務時間とみなされないからだ.

  勤務医よ、自殺するまえに、がんばるのをやめよう.順法闘争を始めよう. (これだけで、医療は崩壊するが・・・なんとか患者様が亡くならないように順法闘争できないだろうか)

  いや・・・もしかしたら、闘争する価値もないのかもしれない。自分の理想との折り合いがつけばしれっ・・・とリスキーな現場から辞めてしまえばよい。 矢面に立つこともない。実際そんな人も多い。闘争という言葉をつかうこと自体、どこかに理想の医療をあきらめ切れない自分がいる証拠だ・・・・。

甘いな僕も・・・

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